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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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捕らわれの民 2

「それからね、わたしとリネアは、ここまでメンフィスの町の中を通ってきたんだけど、住民の姿を一人も見てないんだよ」


「なんだって…?」

「すっかり日が昇っているのに、誰も外に出てこない。家の中にも人の気配がない。…これって、おかしいと思わない?」


「そんなことは有り得ない。メンフィス全体なら1万近い数の住民がいたはずだ。 それが、全員いなくなるなど信じられん」

「じゃぁ、自分の目で見てくればいいよ」

 やや不愉快そうに眉を寄せたフィルだったが、普通は有り得ない事態だ。にわかに信じられないのもわかる。


 ホルエムは早速、近衛に命じて兵たちを町の確認に走らせた。

「フィルを信じてない訳じゃないからな」

「わかってるよ。わたしたちはザッと見て来ただけだし、確認するのは必要なことだからね」


「ところで、王城を取り戻したことをメリシャ王たちに知らせなくていいのか?」

「…それなんだけど、…確かアンテフって言ったかな、ネウトのファラオを名乗っている男や、アセトの姿は見た?」


「いや、見ていない。俺たちがこの大広間に入った時には、すでに玉座は空だった…一体、どこに逃げたのか…今、兵たちに王城の中をくまなく調べさせているところだ」

「そっか…」


 フィルは指先を顎先に添えて考え込む。…本当に、アセトは逃げたのか…。街の住民たちが消えていることと、何か関係があるのだろうか。


 フィルの隣で、静かに控えていたリネアの耳が、ピクリと反応した。

「…フィル様」

「ん?どうかした?」


「どこかから、赤ちゃんの泣き声が聞こえます」 

「…え?」

「微かですが、間違いありません」

 リネアの顔を見つめ、フィルは即座にその手をとった。


「行こう。案内して」

「はい、こちらです」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ…!」

 ホルエムは慌てて声をかけたが、フィルとリネアはそのまま手を繋いで大広間から駆け出していった。フィルの手を引いたリネアは、王城の2階奥にある大広間から階下へと降りていく。


 そして、1階に降りたところで一度立ち止まり、耳を澄ました。石造りの建物の中では音が反響して、どちらの方向から聞こえてくるのかわかりにくくなる。だが、数秒目を閉じて聴覚に集中したリネアは、足下に視線を落とした。


「おそらく、ここより下だと思うのですが…」

 辺りを見回しながらリネアは言う。階段はここで終わっていて、さらに下に降りる階段や通路が見当たらなかったからだ。


「ホルエム、王城には地下室があるの?」

 近衛兵を数人連れて追いついてきたホルエムを振り返り、フィルは尋ねる。


「いや…そんなものはないはずだが…」

「…地下はございます」

 フィルの問いに、ホルエムは首をひねるが、近衛兵の一人が言った。


「そうなのか?俺は知らなかったぞ」

「近年はほとんど使われておりませんでしたし、高貴な方々が足を踏み入れる場所ではありませんので…」


 言いにくそうに答える近衛兵の様子に、フィルはその場所が何であるか、想像がついた。


「それは、何だ?はっきり申せ」

「奴隷用の地下牢です」

「奴隷?…どうして王城に奴隷の牢があるんだ?」


 メネス王国で奴隷とされるのは、犯罪の処罰として強制労働に従事する『犯罪奴隷』か、金銭のために身売りする『経済奴隷』の二つが一般的だ。

 しかし、犯罪奴隷は労働を行う工事現場や鉱山などに送られ、経済奴隷はそもそも市井の取引で国は関与しない。王城に彼らを収容する必要はないのだ。


「戦争の捕虜や捕らえた他国の民、だよね?」

「…その通りです」

 ほそりと言ったフィルに、近衛兵は頷いた。


「どういうことだ?」

「王族として勉強不足だね。ホルエムは後で説教だから」


 戦争の際に敵方の指揮官や貴族などを捕虜にして戦後に身代金を要求したり、兵として動員された民や占領地の民を捕らえて奴隷として売ることは、決して珍しいことではない。こういう施設があるということは、メネス王国でもそうした行為が行われていたということ。

 …ここに捕らえられ、売られていったヒクソスの民だっていたのかもしれない。


 ホルエムはそういうことに関わってはいないようだが、それはそれとして、王族なら知識として当然知っていなければならないことだ。

  

「お、おい…」

「今はそれどころじゃないわ。その地下牢に案内しなさい」

 じろりとフィルに睨まれてホルエムは慌てる。だがフィルはそれを無視して近衛兵に言う。


「はっ!」

 近衛兵は、強い口調のフィルに反射的に返事をした。

次回予定「捕らわれの民 3」

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