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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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メンフィス沖会戦 3

敵旗艦との一騎打ち!

「フィル様、一隻こちらに向かってきます」

 リネアがやや固い声でフィルに囁いた。その視線は、艦の左舷前方に向いている。


 ネウト軍船団の後方にいたその船は、マストに目立つ旗を掲げていた。船団の指揮官が乗る『旗艦』である。


 当然のように、敵船に接舷して白兵戦を挑むことを想定していたネウト軍は、乱戦に巻き込まれないよう、旗艦を船団の最後尾に置いていた。それが幸いし、バリスタの火矢で味方船が次々に炎上していく中にあって、旗艦は未だ無傷であった。


 戦艦よりもやや上流にいた敵旗艦は、大河の流れに乗って、戦艦目がけて突っ込んでくる。バリスタはついさっき放ったばかりで、次弾の装填がまだ終わっていなかった。


「砲兵と操舵手以外は、敵兵の移乗に備えよ。砲兵は次弾装填急げ」

 フィルの命令に艦上が慌ただしくなる。フィルとしては白兵戦は避けるつもりなのだが、念のためだ。


「フィル様、私が行って蹴散らしてきましょうか?」

 リネアの提案に、フィルは軽く首を横に振る。


「ううん、大丈夫。ここにいて」

「はい…でも…」


「わたしも自分で戦う気はないから」

 安心させるように言ったフィルに、リネアはホッとしたような表情を浮かべた。

 リネアとて、戦うのが好きなわけではない。ただ、フィルが自分だけ手を汚そうとするのを見ていられないだけだ。フィルが戦わないのなら、それでいい。


「面舵!」

 フィルは船尾の操舵手に叫んだ。


 戦艦の舳先がゆっくりと右にずれ、左舷から近づいてくる敵旗艦から遠ざかるようよう針路が変わる。敵旗艦も即座に針路を変更して追いすがってくるが、この転舵は、バリスタの装填にかかる時間を稼ぐためのフェイントだった。


 再度舵を切って、敵旗艦をやり過ごしてしまうこともできなくはないが、無傷のまま下流へ行かせて、後方で待避している味方船団に食い付かれても困る。

 フィルは白兵戦に持ち込ませず、あくまでバリスタで勝負するつもりだった。

 相手に横腹を向けつつある戦艦に、敵旗艦はまっすぐに突入してくる。


「砲兵は装填が終わり次第、点火して待て!」


 バリスタの装填はすんでの所で間に合った。だが、敵旗艦はすでに目前。剣や槍を手にして甲板に集まっている敵兵の顔も識別できる距離だった。すでに敵旗艦との距離が近すぎて、このまま撃っても火矢は敵旗艦を飛び越えてしまう。


「取舵!帆桁を戻せ!」

 フィルは再び転舵を命じた。横腹に突っ込まれることを避け、舳先を敵旗艦に向ける。同時に帆が風を受けるよう帆桁の向きを回転させる。追い風を受けた帆が膨らみ、戦艦の速度が上がった。



「総員、衝撃に備えよ!砲兵は命令あるまで絶対に撃つな!」


 ガツン!バリバリバリ…!

 フィルが叫んだ一瞬の後、戦艦の左舷と敵旗艦の右舷が擦れ合うように衝突した。衝撃で大きく右に傾いた戦艦は、揺り戻しで今度は左へと傾いていく。


「全門、発射よーい!…撃てぇ!」

 傾きに足をとられてよろめいたリネアの身体を抱き寄せながら、フィルが叫ぶ。


 命令に従って、次々にバリスタの引き金が引かれ、燃える火矢が発射された。

 船体が左に傾いたおかげで、バリスタの弾道に俯角がかかり、目の前にある敵旗艦の甲板が狙えるようになっていた。フィルが待っていたのはこの瞬間であった。


 ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!ドカッ!

 ほぼゼロ距離で発射された火矢は、敵旗艦の甲板にひしめいていたネウト兵を巻き添えにしながら、敵旗艦の甲板を容易く貫き、船底に突き刺さった。


 帆に風を受けている戦艦は、そのままガリガリと音を立てて敵旗艦と船腹を擦り合わせながら、上流へとすり抜ける。戦艦と敵旗艦が接触していた時間は、ほんの数秒にも満たなかった。


 その間にも、命中した火矢は敵旗艦の内部に炎を広げていた。5本もの火矢が一度に命中したのだから、その火勢は激しく、たちまち黒い煙が立ち上り始める。甲板の開口部からはチラチラと赤い炎も見え始めていた。

 ネウト兵たちが、慌てて川の水をかけているが、あれしきでは消火することはできない。あの『燃える水』は水の上に浮いていても燃えるのだ。むしろ船底に水が溜まり、沈没を早めてしまうかもしれない。

 

「フィル様…あの…」

 燃えながら漂流する敵旗艦の姿を眺めていたフィルは、控えめに告げたリネアの声に、リネアを抱き締めたままだった事に気付く。


「私は、このままでもいいのですが…」

「うん。わたしもそうだけど…できれば、誰も見てないところの方がいいかな…」

「そうですね」

 リネアは、くすっと笑って身体を離す。


 …こうして、ヒクソス史上初の水上戦は終わった。


 1対20という、数だけ見れば絶望的な戦力差ではあったが、バリスタという強力な飛び道具と、天然アスファルトを利用した火矢を利用した遠距離攻撃で、戦いは一方的なものとなった。


 ネウト船団は、火矢が命中したのが旗艦を含め8隻、味方船の火災に巻き込まれたのが9隻、計17隻を失った。生き残ったのは、燃える味方船を見捨てて逃げ帰った3隻だけ。完全な敗北である。

 対してこちらの損害は、敵旗艦にぶつけられた弩砲戦艦の傷くらいで、それも大したことはない。後方に待避させていた他の船はもろちん無傷だ。


 再び合流したメネス・ヒクソス連合軍の船団6隻は、大きく帆を膨らませ、メンフィスへ向けて進み始めた。

次回予定「カリュブの殲滅戦 1」

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