メンフィス沖会戦 2
ネウト王国の船団と弩砲戦艦との戦いは続く!
「距離、300を切りました!」
「火矢に点火!」
火の付いた松明を持っていた兵が、バリスタから突き出した火矢の先端に火を点けていく。不快な刺激臭と黒い煙を上げて、火矢が燃え始める。
戦艦は、ネウト船団の前を斜めに横切るように船首を巡らせている。向きを変えていく戦艦と、真っすぐに川を下ってくるネウト船団の位置関係が最適になったところで、フィルは叫んだ。
「撃て!」
バンッ!バンッ!という破裂音が連続して響き、5本の巨大な火矢がネウト軍の船めがけて飛んでいく。
「着弾!4本命中、1本は川に落ちました」
見張り員が叫んだ。
「次弾装填、急げ!」
大河の流れに押されている戦艦は、ネウト船団との距離を維持したまま、一緒に下流へと流されている。このままもう一発くらいいけそうだとフィルは判断した。
船団の先頭にいた4隻から煙が上がり始めている。周りの船はそれを避けようと右往左往しており、遠目にも混乱ぶりがよくわかる。あの火矢はそう簡単に消えない上に、もう一工夫してある。フィルは予想通りの効果にほくそ笑んだ。
「旋回角5、仰角7に修正」
ネウト船団との相対位置を目測で計りながら、フィルは指示した。
「発射準備よし!」
「点火後、直ちに発射!」
再び大きな音が響き、火矢が放たれる。数秒後、火矢はネウト船団の頭上に降った。
「全て命中!ただし2本はすでに炎上中の船に命中」
遠距離からの射撃では、やはり取りこぼしが出る。だが、火矢が命中した船は、すでに燃え盛る火桶と化していた。
大きいとは言え、たった1本や2本の火矢でここまで燃えるものか…艦上の船員やバリスタを操る砲兵たち自身までも、驚いた表情を浮べている。だがそれは、そうなるように工夫した結果だ。
ポイントは、火矢の先端が青銅棒になっていることだ。
青銅棒は、天然アスファルトを塗った布を巻き付ける芯材の役割を果たすのだが、実は材質を金属にする必要はない。点火してからすぐに発射し、数秒後には着弾するのだから、芯材が木でも燃え尽きることはないのだ。
では、それをあえて青銅棒にしたそはなぜか。…それは、青銅の先端とバリスタの威力が合わされば、船の甲板や外板を貫通できるからだった。
敵船に着弾した火矢は、甲板や舷側を貫通して船の内部深くへと入り込み、そこに火を点ける。たちまち船内に煙が充満して、人が入って消火することもできなくなり、なす術もなく燃え広がっていくというわけだ。火が甲板に上がって来た頃には、もうその船は助からない。原始的な徹甲焼夷弾とも言えるのが、この火矢であった。
「もう少し距離を詰めた方がいいかな…」
フィルはつぶやいた。だが、距離を詰め過ぎると次弾を装填している間に敵船に肉薄される危険がある。それを見込んで遠距離からの砲撃を行っていたのだが、その分照準は甘くなる。数隻は派手に炎上しているが、また敵船の半数以上は健在なのだ。
敵が混乱している今が、距離を詰めて正確な射撃を浴びせるチャンスかもしれない。
「取舵、艦を流れに立てて。帆桁を少しだけ右に振って」
帆桁が少し振られると、帆が背後からの風を受けるようになる。同時に流れに対して斜めだった針路をまっすぐ上流向きにすることで抵抗が減り、戦艦はゆっくりと上流に向かって進み始めた。
「全砲、右真横に旋回、仰角水平」
戦艦がこのまま進めば、流れ下って来るネウト軍の船団を左舷側に見ながらすれ違う。
距離は100。次弾装填の間に肉薄されてもおかしくない距離だ。だが、川の流れの中で船は真横には進めない。敵に下流側から接近するのを避けることで、敵に素早く肉薄される危険は小さいとフィルは判断した。
やがて、ネウト軍の船団が戦艦の左舷真横にやってきた。
「帆桁を舳先方向に回転!火矢に点火!」
「準備よし!」
「撃て!」
水平に放たれた火矢が、船団後方にいてまだ無傷だった船の横腹に次々と突き刺さった。そして、甲板と同様、船体の外板を貫通して船の内部に入り込み、火の手を上げる。
「次弾装填、急げ!」
そうなってようやく、ネウト軍の一部の船が戦艦に舳先を向けようとした。相手にはバリスタのような威力のある飛び道具はない。反撃しようとすれば、肉薄しての白兵戦を挑むしかない。
だが、フィルが想定したとおり、ネウト軍の船はうまく向きを変えることもできず右往左往している。
まだ無事な船も、その周囲には燃え上がる味方船。燃える船にぶつかってしまい、攻撃するまでもなく延焼してしまう船もいた。
そこへ、トドメばかりに次弾装填を終えたバリスタが火矢を放つ。
もはや勝敗は明らか。20隻いたネウト軍の船団は、その多くが黒い煙を上げ、バラバラの残骸となりながら下流へと流れていった。
次回予定「メンフィス沖会戦 3」




