バステト信仰を広げよう 3
メネスとの同盟の是非、メリシャの返答は…?
「ヒクソス王、メリシャの名において、メネスとの同盟を受け入れる」
「…あ、…あの…本当に…?」
むしろハトラの方が驚きの表情を浮べた。さすがに国内をまとめるには、もう少し時間がかかるだろうと思っていたからだ。
「これはヒクソスとしての正式な決定だよ。ヒクソスはメネスからの領土割譲を受け入れ、同時にその領土の租借を認める。そして、ヒクソスはメネスと同盟を結び、メネスがネウトから領地を奪還する戦いを支援する。…そういうことでいいかな?」
「その他に条件は…」
「色々細かい条件やルールは改めて相談することになるけど、おおよその条件はホルエムが提案してきたとおりで問題ないよ」
「ありがとうございます…メリシャ王、心より感謝します」
「感謝はまだ早いよ。ホルエムたちには、これから頑張ってもらわないと困るんだから。ネウトと戦って勝つのはもちろんだけど、新しいメネス王国は、ヒクソスの民にとって信頼できる国であってもらわないとね…」
「それはもちろんです」
「そのために…ボクからネフェルにひとつお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「お願い、ですか?」
「ネフェルに?」
「もちろん、嫌ならそう言ってくれればいいよ。これは同盟の条件じゃない。仮にネフェルが断っても同盟は破棄しないと約束する。…けれど、これはメネスとヒクソスの良い関係を作るためにもお願いしたい」
「ネフェルは、何をすればいいの?」
「うん。バステト神殿の巫女長になって、テトに仕えてほしいんだよ」
「テト様の…巫女に?」
「それはいいにゃ!ネフェルがテトの巫女になってくれたら嬉しいにゃ!」
膝の上から自分を見上げるテトに、ネフェルは戸惑いの表情を浮べる。
「ネフェルは…嫌、なのかにゃ?」
なかなか答えないネフェルに、テトは不安そうに訊いた。
「…テト様の巫女なるのは嫌じゃない。ネフェルはテト様こと好きだよ…けど、ネフェルはメネスの人間なのに、ヒクソスの人たちの大事な神様の巫女になんて、なっていいのかな…って」
「メリシャ、ネフェルがテトの巫女になるのは良くないのかにゃ?」
「ダメなら、巫女長になってほしいなんてお願いしないよ。ネフェルが巫女長になることに意味があるんだよ」
「メリシャ王、それはどういうことなのでしょう?」
黙って見守っていたハトラが訊いた。
「これからは、メネスの人たちにも、せひバステト神殿に参拝に来てほしいんだ。その時に、オシリス神殿の巫女長だったネフェルがバステト神殿に巫女長に就いていれば、安心して来てもらえるでしょう?」
「バステト神殿に参拝ですか…?」
「ボクは、ヒクソスの民とメネスの民が互いのことをもっと知るべきだと思う。これから同盟を結んで味方同士になるのに、相手のことを全然知らないんじゃ信頼も何もない。特に、これまでは長く敵同士だったんだから、今はむしろ不信の方が強いし、そう簡単に拭えるものじゃないと思う。…でも、アミンやネフェルは、ヒクソスで一緒に暮らしたり働いたりして、城や神殿の者たちとも仲良くなれたでしょう?」
「それは、メリシャ王やフィル様たちが付いていて下さったからでは…?」
ハトラはや不安そうな表情で言った。メリシャが言うような民同士の交流も、いずれ必要なのはわかっている。しかし今は同盟をやっと結んだばかり、まだ時期尚早だと思えた。
「…確かにそういう部分はあると思う。実際、いきなりメネスの人間をヒクソスの町に受け入れたら、混乱するのは確実。トラブルが頻発すれば、仲良くなるどころか逆効果になりかねない。それに、メネスの人たちだって、自分からヒクソスの町に行きたいなんて思わないでしょう。だけどバステト神殿への参拝に限ったら、どうかな?ギーザからなら、船で直接行って帰って来られるわけだし」
メリシャの説明を、フィルが引き継いで補足する。
「なるほど。神殿の参拝に限れば、人間と接するのは神官や巫女、信徒たちだけですから、ヒクソス側の受け入れ態勢も作りやすいということですか。…それに、ネフェルが巫女長になってくれれば、これまでのオシリス神殿に代わり、バステト神殿がメネスの人間にとっての新しい信仰の場になる、と?」
「さすがハトラ、その通りだよ」
「ネフェル、テトの巫女になってほしいにゃ」
「テト様…」
見上げるテトの頭を、ネフェルは優しく撫でた。
「うん。ネフェルはテト様の巫女になる。…テト様、よろしくお願いします」
「ありがとうにゃ!」
「ハトラ、そういうことで、ネフェルはもうしばらく預からせてもらうわね」
「はい。…同じ巫女長になるのでも、オシリス神殿に捧げた時とは全然違いますね……ネフェルがあの様子なら、私も安心です」
嬉しそうに笑い合うテトとネフェルを見つめ、ハトラもフィルに微笑んだ。
次回予定「魔術の女神 1」




