バステト信仰を広げよう 1
同盟の次に考えるのは、民同士の交流?
広間での相談の後、メリシャは、フィルとリネアの三人で、ネフェルの部屋へと向かった。
バステト神殿でのムルの一件以降、ネフェルはアヴァリスの王城にいる。テトも一緒で、神殿には前回と同じく分霊を残していた。
「フィル、リネア、ネフェルのことで相談があるんだけど」
ネフェルの部屋に向かって歩きながらメリシャが口を開いた。
「ネフェルには、テトの巫女長になってもらおうと思うんだけど、どうかな?…もちろん、ネフェルが良ければだけど」
「メリシャは前に言ってたよね。ネフェルにはメネス王国の信仰を担う存在になってほしいって。それが、テトの巫女長になることなの?」
「うん。オシリス神話はどうも胡散臭いってことがわかったし、この同盟を機会にテトの信者を人間にも増やしたい。そうすれば、人間とヒクソスの交流のきっかけにもなるんじゃないかな」
「同じ神を信仰する者同士なら…ってこと…?」
「バステト神殿は、ギーザからなら船で参拝できるし、ネフェルがバステト神殿の巫女長になれば、それなりに受け入れられると思う」
「なるほど…ネフェルを神殿の高位に就けて、ヒクソスと人間の両方に門戸を開いているとアピールするわけね」
かつてサエイレムを終焉に導いた一神教とは異なり、この世界には多くの神々がいて、人々の信仰もまた多くの神々に捧げられている。
特定の神殿に勤める神官や巫女はともかく、一般には特定の神を絶対視する風潮はなく、民は自分の好きな神を信仰し、常に同じ神を信仰するとも限らない。
バステトは豊穣の女神で、人を病気や悪霊から守護するともいわれている。音楽や踊りを好むという側面も親しみやすく、人々に受け入れられやすいだろう。
「テト様は大らかな神様ですから、きっと大丈夫だと思いますよ。…前の世界でも、フィル様がサエイレム港の拡張工事を行い、人間と魔族が一緒に働いたのが、互いの理解のきっかけになりました。バステト神殿に人間の参拝者を受け入れるのは、良い考えだと思います」
「懐かしいね。サエイレム港か…ふむ、メネスからの参拝者を受け入れれば、参拝者を泊める宿や食事を提供する場所が必要になる…ペルバストの信徒たちの働き口や収入にもなるね…うん、わたしもいいと思う」
「じゃ、早速ネフェルに頼んでみるよ」
話がまとまったところで、ちょうどネフェルが使っている部屋の前に着く。実はメリシャたちの部屋の隣である。
テトはネフェルの部屋にいることが多いが、気が向くとメリシャたちの部屋にいたりと、猫のように自由に暮らしていた。
「ネフェル、いる?」
メリシャが軽く声をかけてから部屋をのぞくと、テトは部屋の真ん中で丸くなって昼寝をしており、ネフェルはその近くで広げた紙に筆を走らせていた。どうやら、テトの姿を絵に描いているらしい。
「いらっしゃい」
顔を上げて微笑んでくれる。オシリス神殿にいた頃は、あまり表情の動かない印象だったが、最近は笑っている顔をよく見るようになった。
「ネフェル、ハトラが来てるから、呼びに来たの」
「母様が?」
さすがにネフェルも驚いたようで、目を丸くしている。
「えぇ、ホルエムが使者として寄越してきたんだけど、きっとネフェルの様子も見に来たんだと思うよ」
「そうなんだ…」
「どうしたの?会いたくない?」
少し俯くネフェルに、メリシャは怪訝そうに尋ねる。
「ううん、そんなことない。でも、母様に会うのは神殿に入って以来だから、何を話せばいいのかわからなくて…」
ネフェルがいつからオシリス神殿にいたのかは知らないが、少なくとも数年ぶり以上ということだろう。
「そんなもの、気にしなくていいんじゃない?娘の元気な姿さえ見られれば、それだけでハトラは喜んでくれると思うよ」
フィルが言った。隣でリネアも頷いている。
「そうかな…」
「さ、ハトラのところに行くわよ」
「うにゅ、フィルかにゃ?」
話し声で目が覚めたのか、テトが起き上がって、ぐーっと身体を伸ばす。
「おはよう、テト。今、ネフェルのお母さんが城に来てるから、ネフェルを呼びに来たの」
「ふーん、テトも行くにゃ」
ハトラもいるところで、ネフェルをバステト神殿の巫女長にしたいという話をするつもりだった。その神たるテトもいた方が、話が早い。
「いいよ。一緒に行こう」
ネフェルとテト加えた5人は、ハトラたちのいる客殿へと向かった。
次回予定「バステト信仰を広げよう 2」




