セトの話、その考察 1
セトとの対話を終えて神殿に戻ったリネアは…。
神殿に戻ったリネアが隣に目を向けると、フィルは変わらずそこにいて、メリシャたちもそれぞれに壁画を調べていた。どうやら、リネアがセトと話をしていた間、こちらでは全く時間がたっていないらしい。
「今、一瞬だけ変な力を感じたんだけど、リネアは何か感じた?」
不思議そうな表情を浮べたフィルがリネアに尋ねた。
「フィル様…あの…」
リネアは言いかけて口を閉ざす。セトの話はまずフィルだけに聞いてもらい、どうするか相談した方がいいと思った。
「ん?どうかした?」
「いいえ、なんでもありません。…この壁画はやはり竜なのでしょうか…?」
(フィル様、申し訳ありません!)
フィルへの隠し事を内心謝りつつ、リネアは話を逸らしてごまかした。
「確かに竜に見えるけど…でも、この世界に竜はいないんだよね?」
「はい、リネア様の姿を見るまで、竜という存在を知りませんでした」
フィルの問いにシェシが答える。
リネアはちらりとテトの様子を見たが、竜という言葉に反応している様子はなさそうだ。
壁画に描かれた絵巻物の内容は、シノアから聞いたセトの神話とよく似ていた。最後は、アペプであろう大蛇が、黒い裂け目のようなものに落ちていくところで終わっている。
リネアには、セトがアペプを冥府の底に落とした場面なのだと理解できたが、フィルたちは壁画を眺めながら、色々な想像を言い合っていた。
その様子にやや居心地の悪い気持ちを感じながら、リネアはセトから聞いた話を反芻し、どうフィルに説明したらいいか考えていた。
…その夜、ふたりで寝台に入るなり、フィルはリネアに訊いた。
「今日、神殿で何かあった?…なんか、セト神殿からずっと様子が変に見えたから。体調が悪かったりする?」
「いいえ。大丈夫です…でも、やっぱりフィル様には隠せませんね。申し訳ありません」
心配そうなフィルに、リネアは微笑んで答える。
「…ん?隠すって、何を?」
「フィル様、お話ししたいことがあります」
リネアは、セト神殿での出来事を全てフィルに話した。
セト本人に会い、話を聞いたこと。
ティフォンを王に奉ずる竜の一族であったこと。
ティフォンに反逆した同胞を追ってこの地に来たこと。
神話にあるアペプが、セトの追っていた相手であること。
セトは、オシリスとバステトと共にアペプと戦い、アペプを冥府の底に落としたこと。
アペプは滅んでおらず、セトが冥府の底でアペプを見張っていること。
セトはオシリスと敵対していないこと。
セトがアペプと共に冥府の底に落ちてから、外とは隔絶されていること。
リネアが話す間、一切口を挟まず聞いていたフィルは、話が終わると同時にリネアに身体を寄せてきた。
「フィル様?」
「…わたしの知らない間に、そんなことが起きてたんだ…ごめんね。何もできなくて」
「いいえ…私はまだまだダメですね…セトの話を聞いていても、混乱するばかりで、ちゃんと手掛かりを聞き出せたのかどうか……何度もフィル様が一緒ならと思ってしまいました」
「頼ってくれるのは嬉しいけど、そんな話聞いたら、わたしだって混乱するよ。わたしのリネアは全然ダメじゃないよ。リネアがいてくれないと、わたしの方がダメダメなんだから……500年前からずっとね」
顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
「まず、何から考えようか」
「…テト様のことからでしょうか」
「そうだね。…これはわたしの想像でしかないけど、テトは嘘を言ってないと思う」
「私もそう思います」
「だけど、セトの言ってることとテトが言ってることは違う。かと言って、セトがリネアに嘘を話したとも思えない」
「はい」
「だとしたら、テトは本当にアペプと戦ったことを覚えていないんじゃないかな」
「覚えていない?」
「うん。だって、テトは自分がムルに閉じ込められた時に、何があったのかも覚えてないんだよ」
「確かに、そう仰ってましたね」
「…けど、過去のことを全部忘れているわけじゃなくて、昔、自分がペルバストにいた時のことは覚えてるし、ムルの中にいた間のことも覚えてる。テトが忘れてるのは、アペプとの戦いから、ムルに閉じ込められる間の事だけなんだよ…これってすごく不自然だよね?…テトを閉じ込めた犯人が、記憶を奪った…そういうことも有り得ると思う」
フィルは、やや眉間にしわを寄せつつ言った。
「ただ、その方法は今考えてもきっとわからない。…テトを閉じ込めた犯人を捜すのが先かな」
「そうですね」
「じゃぁ、次はオシリスのこと…だね」
「セトがアペプと一緒に冥府の底に落ちた後に、何があったのか、ということですね?」
「うん。たぶんテトがムルに閉じ込められた事とも関係あると思う。テトとオシリスは同じ場所に閉じ込められてたんだから」
「でも、オシリス神は…」
テトは閉じ込められていたが、オシリス神は棺の中…
「オシリス神は死んだのかな?」
「遺骸は塩になっていましたが…」
「でも、仮にも再生と復活を司る冥府の王だよ。そう簡単に死ぬとは思えないけど?」
「確か…この世界では身体と魂は別、という考え方です。だとすると、オシリス神は身体から魂を引き離された状態、ということでしょうか?」
やや自信なさげにリネアは言った。
次回予定「セトの話、その考察 2」




