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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第4章 神話の正体
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異邦神セト 1

セト神殿の壁画、そこに描かれていたものとは…。

 牙の生えた口に、頑丈な四肢、長く強靭な尻尾、背の翼は判然としないが、一際鮮やかに描かれたその姿は、赤い竜に見えた。


「シェシ、これは何…?」

「セト神は、ワニの姿をとることもあると伝えられていますから、それを表現しているのだと…」

 固い声で訊くフィルに、シェシは困った様子で答えた。


「ワニって、こんな色?」

「色は…確かにこんな色のワニは見たことないですけど……え?」

 自分で言ってからシェシも気が付いた。壁画と同じ色が目の前にある。そう、竜人の姿をとったリネアの腕だ。


 確かにワニと言われればそう見えなくもない。この世界には竜がいないのだから、実在の動物で見た目が一番近いワニだと解釈されたのも無理はないし、シェシもワニだと信じていた。だが、本物の竜を見た後では……。 


「これは、やはり竜の姿なのでしょうか…?」

 リネアは何気なく手を伸ばして、壁に描かれた竜を指先でなぞった。


『我が君!』

 突然、頭の中に低い男性の声が大きく響いて、部屋全体が眩しい光で塗りつぶされた。


 一瞬の後、光は消え去った。だが…


「…ここは…」

 反射的に目を庇った腕を降ろすと、リネアは見渡す限り広がる荒野のど真ん中に立っていた。良く晴れた青空の下、赤茶けた地面と、まばらに生えた草や背の低い木、それが地平線まで続いている。

 そばにいたはずのフィルたちの姿はなく、目の前にはリネアと同じように赤い鱗を持つ、竜人の男性がいた。


「我が名はセト、このような地で、我が君…竜王ティフォンと再びお目に掛かれるとは思いませんでした」

 その声は、先ほど聞いたのと同じもの。彼は恭しい態度でその場に跪き、深く頭を下げた。


「セト様、私はリネアと申します。今代のティフォンの力を継ぐ者です。しかし、私は竜種として生を受けた者ではなく、竜王と呼ばれる資格はないのです」

 リネアも丁寧に挨拶しつつ、頭を下げる。


「我に頭を下げるなど、お止めください。ティフォンを継ぐ者こそ竜種の王。リネア様が今代のティフォンであるのなら、我が君であることに相違ございません」


「そうなのですか…?」

「はい。我のこともどうかセトとお呼びください」


「わかりました。ではセト、まずは顔を上げてください。そのままでは話がしにくいです」

「はっ、それでは…」

 セトは、ゆっくりと顔を上げる。精悍な顔つきをした青年…人間の見た目なら20代半ばといったところか。鱗と同じ赤い髪の両側から、黒く太い角が突き出している。


「リネア様、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」

「はい」


「…ティフォンの力が竜種でない者に受け継がれるとは…もしや、竜の一族は滅んでしまったのでしょうか?」

 リネアが竜の力を持ってはいても、竜種でないのは一目見た時にわかっていた。竜種の王権たる神獣ティフォンの力が、どうして他の種族に受け継がれているのか。普通に考えれば、答えはひとつしかない。


「私の知る限りのことで良ければ、お話しします」

 リネアは、ティフォンの中に残った記憶をたどり、先々代そして先代のティフォンが神々との争いでどのような運命を辿ったのか、かいつまんで説明した。


 竜族自体がどうなったのか直接は知らないが、先代のティフォンが目覚めた時にはすでに同族はいなかった。おそらくは神々の罠にはまったティフォンがエドナ火山の下に封じられていた間に、神々との戦に敗れ、滅んでしまったのだろう。


 同族もおらず、戦うべき相手である神もいなくなった地上に目覚めたティフォンは、やがて永遠を生きる孤独に耐え切れなくなり、滅びを望むようになった。自分を滅ぼしてくれるものを求めて彷徨い、目にしたものを悉く破壊する災いと化した。


 そして、先代ティフォンと出会ったリネアは、その滅びの願望を受け入れ、自ら身を差し出してティフォンに食われた。先代ティフォンは望み通り消え去り、リネアが竜の神獣となった。それが今から500年ほど前のこと…。

次回予定「異邦神セト 2」

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