アミンへの依頼 1
新章開幕。物語はいよいよ核心に向けて動き出します。
ハトラからの書簡をフィルに届けるためにヒクソスにやってきたアミンは、そのままフィルの求めに応じて宰相サリティスの補佐役として働いていた。
「アミン、ちょっといいかな?」
メネス王国の侵攻が思わぬ決着を迎えてからしばらく後、フィルは王城の廊下でアミンに声をかけた。
フィルを振り返ったアミンは、ヒクソスの文官たちと同じく膝丈の貫頭衣を身に着け、革のサンダルを履いていた。男に扮するために剃り上げていた髪も肩口ほどまで伸び、少女らしい姿を取り戻している。
もちろん出会ったのは偶然ではない。フィルはアミンに用事があったのだ。
「あ、これはフィル様」
「いいよ、そのままで」
書類を抱えたまま、慌てて跪こうとしたアミンの肩に手を掛けて制し、フィルは微笑む。
「アミンにお願いしたいことがあるの。サリティスには話を通してあるから」
「はい…?」
「この後、わたしの部屋に来てくれる?」
「…わかりました。この書類を届けたら、すぐにお伺いします」
「ありがとう。待ってるから」
笑顔のまま手を振って去って行くフィルを見送り、アミンは小走りにサリティスの執務室へと向かった。
サリティスに書類を提出し、フィルから呼ばれたので今日の勤務はこれで終わりにしたいと伝えると、サリティスは小さく頷いた。
「話は聞いています。優秀な文官を取られるのは痛手ですが、…アミンもフィル様のお役に立ちたいのでしょう?」
サリティスはやや残念そうな表情で苦笑する。その様子に、アミンは察した。たぶん、ここでの生活はもう終わるのだ、と。
「はい。フィル様はホルエム様やハトラ様を助けて下さいました。それに少しでも報いられるのなら、お手伝いしたいです。…しかし、こちらは良いのでしょうか?」
アミンは、やや遠慮がちな口調で言った。フィルを手伝いたいのは本心だが、自分が抜けた後の仕事は大丈夫だろうかと少し不安になる。
「そんな心配は無用です。アミン一人が抜けただけで仕事が滞るようなら、根本的に仕組みを見直す必要がありますよ……まぁ、正直言えば、しばらくの間は大変になりそうですが」
アミンから受け取った書類を机の脇にまとめながら、サリティスはため息混じりに言った。
「申し訳ありません。サリティス様」
「いいえ。アミンのおかげで内政の仕組みも整いましたし、文官たちの仕事ぶりも以前より格段に良くなりました。こちらの心配はせず、フィル様のお役に立ちなさい。あの方は、先を見て動いておられます。それがヒクソスのためにもなるはずです」
「はい、ありがとうごさいます!」
アミンが一礼して部屋を出て行った後、しばらくしてシェシがやってきた。
「サリティス様、メリシャ様の承認を頂いた書類を持って参りました」
「ありがとう、シェシ」
書類を受け取ったサリティスは、ふと尋ねる。
「シェシ、メリシャ王の手伝いには慣れましたか?」
「はい。…メリシャ様の仕事が速いので、ついていくのが大変です…けど、とても楽しいです」
「それは良かった」
サリティスは笑みを浮かべる。メリシャ付きの書記官として政務を手伝っているシェシだが、サリティスの目から見ても、すでに一人前の文官として恥ずかしくない仕事をしていると思う。
アミンが抜けた後は、シェシに任せても良いかもしれない、一度、メリシャ王に相談してみよう…とサリティスは思った。
『ヒクソスをちゃんと救えたら、あとはシェシに継いでもらう。』メリシャがそう言ったのは、彼女が王になった直後だった。
あれからまだ1年とたっていないが、シェシの成長は目覚ましい。シェプトやウゼルを前にして自分の意見を口にするなど、気弱な面が目立った以前のシェシからは想像できない。メリシャたちのおかげだ。
メリシャ王の下で研鑽を積めば、シェシはきっと立派な女王になる。娘の成長を見守ってやってくれ…サリティスは後ろの窓から空を上げて、今は亡き友、前王シャレクに語り掛けた。
……その頃、サリティスの部屋を後にしたアミンは、フィルたちの部屋を訪ねていた。
「フィル様、アミンです」
「どうぞー、入ってー」
アミンが部屋の入り口で声をかけると、軽い口調で返事があった。入口に掛けられたカーテンをめくって部屋に入る。部屋にいたのは、フィルとリネアのふたりだけだった。
「アミン、どうぞこちらへ」
サンダルを脱いで敷物に上がったアミンは、リネアに促されて、円いテーブルを挟んでフィルの向かい側に座る。
テーブルの上には、木皿に盛られた焼き菓子と、3人分の飲み物が用意されていた。
次回予定「アミンへの依頼 2」




