ネウト王国 3
ネウト王国の成立に対し、メネス、ヒクソスの動きは…?
第3章「メネス戦役」最終話です。
ヒクソスは、女王メリシャの名でメネス及びネウトの両国に対し、争いに関わらない姿勢を示した。
こうして旧メネス王国は、メネス王国とネウト王国に分割され、互いに敵対する状況に陥ったが、直ちに戦争が起こることはなかった。
ホルエム率いるメネス王国が、直ちにメンフィスに攻め込むという選択をとらなかったこともその一因であったが、ネウト王国の側にもホルエムたちを一気に攻め滅ぼすことができない理由が存在した。それは、彼らの背後にもう一つの勢力がいたことである。
南部州軍がメンフィスに向けて出陣したのは、ヒクソスへの侵攻が始まった後である。わずか半月足らずでメンフィスを制圧した南部州軍だが、その戦果は、大河イテルを船で下り、王国軍不在のメンフィスに直接侵入したことで成し遂げられたものだ。
つまり、ヒクソスへの侵攻でメネス軍の別動隊がやろうとしていたことを、そのまま実行したのが、南府州軍によるメンフィス制圧であった。
南部州軍の拠点であるテーベとメンフィスの間は、およそ500キロメートルの距離がある。当然、その間には幾つもの州があり、それぞれの領地を治める州候が存在するのだが、大河イテルを使って直接メンフィスに進軍した南部州軍は、彼らに勝ったわけではなく、そもそも戦ってすらいなかった。
アンテフが新たな王国を樹立することで、メネス王国の臣であった彼らも一応はネウト王国に属することになったのだが、歴史的に下メネスの勢力圏に属するこれらの州は、上メネスの勢力が興したネウト王国の成立を必ずしも歓迎していなかった。
大河イテルに沿って広がる旧メネス王国の国土は、北から順に『ギーザのホルエム』→『メンフィスのアンテフ』→『下メネス派州候』→『南部諸州』と下メネス側の勢力と上メネス側の勢力が交互に並ぶ状況になっていた。
この状況でアンテフがホルエム打倒の軍を起こせば、その隙に州候たちが背後を衝いてくるかもしれない。未だ完全に臣従したとは言えない下メネス派州候の動きを懸念し、アンテフもまた拙速には動けなかったのである。
南の国境に接する南部州候たちもまた、南の蛮族ヌビアの動きを警戒する必要があったため、4つの勢力の中で背後を気にすることなく動けるのは、北に接するヒクソスと密かに手を結んでいるホルエムだけ。戦いの火ぶたをいつ切るか、という主導権はホルエムたちが握ることになった。
メリシャにとってもまた、この一時の平穏は有り難いものだった。メネス王国の侵攻で一時中断したものの、ヒクソスの建て直しは未だ道半ば。軍制改革と民の生活再建を優先した結果、後回しにされていたのは政治面の改革である。
これまでのヒクソスの政治は、王がいるとは言え、事実上、部族長たちの合議制であった。王は序列では部族長よりも上だが、独裁的な権力があるわけではない。
そうした政治体制にも長所はあるものの、ヒクソスにおいては部族の利害が対立して国としての一貫した方針が定まらないという短所ばかりが目立っていた。特に、メネス王国という外敵の脅威が無くなった今、各部族が、これまでよりも一層、自身の利害を優先した言動をとり始めることが心配される。
これを防ぐためにメリシャが目指したのは、各部族には地方自治の権限だけを残し、国としての政治、外交、軍事の権限を王に集める体制であった。
それは、各総督が軍事的な権限を握っていた帝国よりも、さらに中央集権を進めたものであり、女王が全軍の統帥権を握っていたサエイレム王国の体制を範としたものだった。
各部族長を王の家臣と位置づけて、その権力を削ぎ落し、王の権威を確固たるものにする。その布石としてメリシャはメネス王国軍を直轄軍団だけで退け、その状況を部族の代表者たちに見せつけた。
メリシャの命令に背いた一部部族の戦士たちが無様に負けた後で、こちらは一兵も損なわず王国の先鋒部隊を全滅させた戦いは、部族長たちに衝撃を与えた。それは王の直轄軍団を強さを証明し、もし部族長が王の命令を聞かなければ、実力行使も辞さないという暗黙の威圧でもあった。
メリシャは宰相サリティスはもとより、今やメリシャの重臣的立場となったウゼルやシェプトと協力し、この絶好のタイミングを利用してヒクソスの政治体制を改革していくつもりだった。
この改革にあたり、フィルはヒクソスの政務を完全にメリシャに任せた。
王を頂点とする国の序列を固めるあたり、王であるメリシャに上から口出しする存在がいてはいけないという、フィルなりの配慮である。
かつてのサエイレム王国で、退位したフィルがサエイレムから姿を消し、密かに北の森の奥に隠居してしまったのも同じ理由からだ。
そして、その間にフィルは暫らくアヴァリスを離れ、今後の戦いに向けてこの世界の秘密に挑もうとしていた。
次回予定「アミンへの依頼 1」
次話より新章、第4章「神話の正体」が始まります。




