ネウト王国 1
南部州軍に奪われたメネス王国の奪還を決意するホルエムたち…。
王国を取り戻す…短い言葉だったが、ホルエムの決意は伝わって来た。予想通りのホルエムの答えに、メリシャも予め用意していた答えを返す。
「わかった。けれど、アセトにも言ったとおり、これはメネスの内乱。今の状況では、ヒクソスはどちらの味方もしない」
ネフェルには、ホルエムを見捨てないと約束した。もちろんそれを反故にするつもりはない。けれど、ヒクソス王としての立場もある以上、ここでホルエムたちに安易な言質を与えることはできない。
「あぁ、ヒクソスが敵にならないというだけで十分だ。…けれど、ひとつ聞いても良いだろうか?」
ホルエムもヒクソスが味方になるとは思っていなかったのだろう。特に驚く様子もなく言った。
「なに?」
「ヒクソスは、どうして南部の連中と手を組まなかったんだ?…俺が言うのもおかしいが、南部の連中と手を組んでメネス王国を滅ぼした方が、ヒクソス国内への受けはいいだろう?」
メネス王国は、長年、ヒクソスを属国にして虐げてきた憎い敵。その王国が滅ぶとなれば、ヒクソスの民の留飲も下がろうというものだ。
「それは確かにそうだけど、南部州軍は手を組む相手として信用できない。さっきのアセトの言葉で確信したよ」
「アセトの言葉?」
確かに得体の知れない女ではあったが、さほどおかしなことは言っていなかったと思うが…首を傾げるホルエムに、メリシャはやや強い口調で言った。
「『正義の戦い』なんて言う奴ほど信用できない」
メリシャは、総督、専制公、女王として民を率いてきたフィルの言動を、ずっと側で見てきた。その間にフィルは、幾度となく民を前に演説を行い、戦を前にした将兵を鼓舞し、側近と意見を交わし、他国との外交交渉にも臨んできた。
けれど、フィルはその中で一度たりとも『自分が正義だ』と言ったことはない。
『人は、自らを正義と信じた時に、一番愚かで残酷になる』
『力を持つ自分が、自分の正義に酔う事はあってはならない』
フィルは常々そう言って、自分を戒めていた。
正義など、それを口にする者の立場次第でどうにでも変わり得る。正義を主張したところで、それは自分の正義でしかなく、唯一絶対の正義などというものはどこにも存在しない。それがフィルの考えだった。
もちろん、フィルは自分が正しいと考える決断をし、政策を進めていた。けれど、反対意見や違う視点からの指摘には素直に耳を傾け、自分の考えと違うというだけで排除することはなかった。
その影響か、メリシャも『正義』という言葉には胡散臭さしか感じない。単に己を正当化するためだけの言葉であるにも関わらず、それが普遍的で絶対のものであるかのように錯覚させ、人の思考を停止させる麻薬的な言葉だからだ。
そしてフィルの言う通り、『正義』という言葉に酔った人間は、周囲が見えなくなり、誰の言葉にも耳を貸さず、愚かで残酷な行いをも平気で行うようになる。人間の歴史を紐解けば『正義』の名の下に繰り返された愚行は、枚挙に暇がない。
「そうか…その通りかもしれないな」
何か思い当たる節があるのか、ホルエムも頷いた。
「表立ってホルエムたちの味方はできないけど…ホルエムたちが負けたら、きっとあいつらはヒクソスにも手を出して来る。だから、ボクたちはホルエムの敵にはならないよ」
「すまない、助かる」
「それで、この後の行動はどうするの?」
「メンフィスを奪われたとなれば、反攻の為の拠点となる都市が必要だ。我が軍はギーザを新たな王都に定め、俺がファラオを名乗る。国境にいる本隊もギーザに呼び寄せるつもりだ」
ホルエムが答えた内容は、昨夜、ハトラやアイヘブたちと相談して決めたことだ。
「いずれ南部州軍はギーザに必ず攻め寄せて来る。そこで一戦交え、その勢いに乗ってメンフィス奪還を目指すのです」
言ったのはアイヘブである。
メネス王城ではホルエム、ケレス、アイヘブの派閥が三つ巴で権力争いをする状態ではあったが、国の存亡に関わるとなればそんなことは言っていられない。敵は南部州軍であり、優先すべきは王国の奪還…アイヘブとその部下たちはホルエムの下で戦うことを選んだ。
「南部の連中がギーザに攻めて来るというのは、確実なの?」
「はい。ギーザはヒクソスとメネスを結ぶ水路と陸路の両方が集まる物流の拠点です。南部州軍はメンフィスの次にギーザに兵を進める予定だったはずです」
ハトラが答えた。
次回予定「ネウト王国 2」




