使者アセト 3
突然、様子がおかしくなったホルエム。一体何が起こったのか。
「殿下?!一体どうなさったのです!」
さすがに異常に気付き、慌ててハトラがホルエムを押し留めようとするが、ホルエムはハトラを振り払い、ハトラは尻餅をついてしまう。
突然、パチンと指を鳴らす音が響き、目を覚ましたようにホルエムは足を止めた。
「俺は…一体…?」
気分悪そうに表情をしかめ、その場に座り込んでしまう。
「悪戯にしては質が悪いわね」
指を鳴らしたのはフィルだった。メリシャの前に出て庇うようにしつつ、不機嫌そうな目をアセトに向ける。その後ろでは、リネアがハトラを助け起こしていた。
「あら、何のことやら」
「いいから、さっさと帰りなさい…わたしが怒らないうちにね」
「…あなた、確かフィル殿と仰いましたか…ヒクソスの民ではありませんね?」
「さぁ、どうかしら?」
薄笑いを浮かべるアセトに、フィルもフッと小馬鹿にするように口の端を上げた。
「フィル殿ことは、よく覚えておきますわ。またいずれ、お目にかかりましょう」
アセトはくるりと身を翻すと、後ろで待っている自軍の騎兵たちのところに戻っていった。
「ふん、とんだ女狐だわ…妖狐のわたしが言うのもおかしいけど」
アセトとその配下の騎兵たちが撤退していくのを油断なく見つめながら、フィルはぼそりと言う。
「フィル、あいつ一体何したの?何か気持ち悪い力は感じたけど」
メリシャがフィルに小声で尋ねた。
「ホルエムを魅了して操ろうとしたのよ。それほど本気じゃなかったみたいだけど…」
「どうしてそんなことを?」
「正式の使者として訪れた女性に乱暴しようとした、なんてことになれば、ホルエムの評判を落とすには絶好のネタじゃない。敵味方の兵が見ている前でそんなことが起こったら、メネス軍の兵の士気も落ちるし、…わたしたちはともかく、事情を知らないヒクソスの兵たちも、やはりメネスの王族は腐っているというイメージを抱くでしょうね」
「それは重大だね。ボクたちがホルエムの味方をしにくくなる」
「えぇ。それを片手間で仕掛けていくんだから、油断できないわ」
フィルはアセトの去って行った方に視線を向け、忌々し気に言葉を続けた。
「…けど、一番の問題は、あいつが魔術…神の力を使ったことよ。あれはたぶん、見た目通りの人間じゃないわね」
「あ、そうか。今、オシリス神殿にはネフェルがいないから…」
「そう。今、オシリス神殿の神の力を利用した魔術は使えない。でも、アセトは魔術を使った。あいつの正体が何にせよ、神の力が使えるってことは、わたし達にもその力が通用するかもしれない。メリシャも十分に気を付けて」
「うん、わかった」
フィルとメリシャは頷き合い、ぐったりと座り込んだままのホルエムに向き直った。
「ホルエム、気分はどう?」
「…俺は、一体…」
額を押さえたホルエムは、何が起こったのか全く理解できていない様子だ。
「気にすることないわ。あのアセトとか言う女の自作自演だから」
フィルは、にこっと笑ってホルエムの肩を軽く叩いた。
「フィル様、ありがとうございました。…あの女が使ったのは…」
ホルエムの背を支えながら、ハトラがフィルを見つめる。魔術師だけあって、ハトラはアセトの力のことに気付いたようだ。
「えぇ。あれは、あなたたちが魔術と呼んでいる力で間違いない?」
「はい。私はそう感じました」
「そう…」
フィルは一瞬黙り込んだが、軽く首を振った。
「まあいいわ。とりあえず今は放っておきましょう。…それより、南方州軍がメンフィスを占領し、王国が連中に乗っ取られたことがはっきりしたわけだけど、ホルエムたちはこれからどうするつもりなの?」
「もちろん、奴らを追い出し、国を取り戻す」
問われたホルエムは立ち上がって、ハトラ、アイヘブと視線を交わし、しっかりと顔を上げて口を開いた。
次回予定「ネウト王国 1」




