南部州軍 1
その頃、メンフィスを奪った者たちは…
フィルたちは、ネフェルをバステト神殿に送り届け、テトと神殿長のシノアに後を頼むと、夜明け前にヒクソス軍の野営地に戻った。
早速メネス陣営を訪ねたフィルは、出迎えてくれたホルエムとハトラに、ネフェルをオシリス神殿から連れ出して、今はバステト神殿にいることを告げる。
「フィル、どうして…いや…そうなのか…?」
戸惑いの表情を浮べるホルエムだったが、フィルが何の相談もなく動いたのは、それだけ状況が急を要していると察したようだ。…つまり、メンフィスにいるのは敵なのだ、と。
「えぇ。メリシャの未来視でハッキリした。南部州軍とあなたたちは敵対する。そして、オシリス神殿は南部州軍に付くわ」
「なんということだ…では、メンフィスはすでに敵の手に落ちたということなのか」
「そういうことになるわね」
ホルエムは悔しそうに顔を歪める。
「では、ネフェルを神殿から連れ出して下さったのは、人質にとられる前に…ということですか」
ハトラの問いに、フィルは頷く。
「えぇ。…オシリス神殿が相手に付く以上、大神官がネフェルをどうするかわからないからね。それに、連中が魔術を使えるのは厄介でしょう?」
「フィル様、娘を助けて頂いて、ありがとうございました」
ハトラは、フィルの前に跪いて深々と頭を下げる。
「いいよ。わたし達が勝手にやったことなんだから…ほら、服が汚れちゃう」
フィルは、ハトラの手を引いて立たせると、砂がついてしまった彼女の服の裾を軽くはたいてやる。
「わたしも、ネフェルがあんな場所に閉じ込められているのは、気に入らないと思ってたからね。ちょうど良かったわ」
フィルは、今はまだ、メリシャの構想は話さないでおくことにした。まずは南部州軍の出方を見て、ホルエムたちの意思を確認してからだ。
「ホルエム、捕らわれた愛する女性を颯爽と助け出す英雄の役を横取りしちゃって、悪かったわね」
「な、な…そ、そんなことは…!」
「ネフェルが右手にしてる腕輪、ホルエムからの贈り物らしいじゃない?…持ち出すのはこれだけでいいって、ネフェル、すごく大事にしてたわよ」
ニヤニヤしながら言うフィルに、口ごもるホルエムの顔が見る見る赤くなった。
「…さて」
ひとしきりホルエムをからかったフィルは、表情を引き締めた。
「ホルエム、アイヘブ将軍と今後のことを相談しておいて。早ければ今日にも南部州軍の使者がこちらに出張ってくると思う。…おそらく、ヒクソス軍には、協力してホルエムたちを攻めようと持ち掛けて来るでしょうね」
「フィルたちは…どうするんだ…?」
やや緊張した声で尋ねるホルエムに、フィルは肩をすくめた。
「さてね。ヒクソスの王はメリシャだから、わたしの一存では何とも言えないわ。…だけど、ここまで手を貸しておいて、南部州軍に味方するっていうことはないんじゃない?…ただし、ヒクソスの王である以上、ヒクソスの国益が最優先」
「わかっている。これはメネス王国内部の問題だ。ヒクソスが手出ししないでいてくれるだけでもいい……ただ、すまないがネフェルの身の安全だけはよろしく頼む」
「それはわたしが約束する。ネフェルのことは心配いらないよ」
ひらひらと手を振って、フィルは天幕を出て行った。
「ハトラ、アイヘブを呼んでくれ」
「はい」
一人になった天幕で、ホルエムは今後のことを思案しつつ、ネフェルが無事でいることに安堵の息を漏らしていた。
……その頃、メンフィスのメネス王城では、突然、魔術が使えなくなったことに困惑する者たちがいた。
「ケレス、これは一体どういうことか?!」
王城の奥、ファラオの玉座が置かれた広間で、宰相のケレスに筋骨たくましい壮年の男が詰め寄っていた。
次回予定「南部州軍 2」




