説得と脱出 4
魔術の源『神の力』…それは一体…?
オシリス神殿のムルも…ネフェルを触媒にしていることはおそらく間違いない。
若い娘が歴代の巫女長を務め、長生きできないというのは、おそらくその過度な負担のために巫女長の身体がもたないからだろう……そこまでは推測できた。しかし、やはりわからないことがある。
『神の力』の源が何か、ということだ。おそらくネフェルではない。テトは神だから数百年も耐えることができたが、それでもあれだけ消耗したのだ。人間が同じように力を吸い上げられれば、1年ともつまい。
地脈は大河イテルの下。その真上にあるバステト神殿とは違い、オシリス神殿は大河からやや離れた場所に建ち、そしてこのムルは、その中でも大河とは反対側の端にある。この位置では地脈の力を吸い上げることはできないはずだ。
…では、『神の力』と呼ばれる力の源は何だ?このムルは、一体何の力を吸い上げている…?
フィルは井戸の中を覗き込むが、そこはやはり漆黒に塗りつぶされていた。
「フィル様、これでは何も見えませんね…でも、これは一体、どうなっているのでしょうか。闇が溜まっているとしか言い様がありません」
フィルの隣で井戸を覗き込んだリネアが言う。
フィルは、小さな狐火を灯し、井戸の中にそっと落とした。しばらく、ゆらゆらと揺れながら落下した狐火は、闇の境界に触れた瞬間、忽然と消えた。
「何の反応もなしか…」
あの闇は、一体何なのか。ムルを守っていた防壁のようなものであるにせよ、何らかの物質であるにせよ、接触すれば狐火が反応するはずなのだが、まるで闇に吸い込まれてしまったように見える。
「井戸の中に溜まってるの、何なんだろうね」
見ていたメリシャも首をひねった。
井戸にはそれ以上、何の変化もなかった。得体が知れない以上、迂闊に中に入るにも危険すぎる。
もっと詳しく調べたいところだが、調べる方法から検討する必要がありそうだ。しかし、今はネフェルを連れ出すのが優先。あまり長居するわけにもいかない。
とりあえず、ネフェルをここから離せば『神の力』や魔術を気にする必要はないだろう。いずれ、ホルエムがメンフィスを奪還した時にでも、ゆっくり調べさせてもらうとしよう。
「さて…ネフェル、そろそろ行こう。何か持っていくものはある?…生活に必要なものはこちらで用意するけど、私物で持っていきたいものがあれば、持ってきて」
「大丈夫。…ネフェルが大事なのは、これだけだから」
ネフェルは、右の手首に嵌めている腕輪をそっとなぞる。デザインこそシンプルだが、金の台座に青金石をふんだんにあしらい、精緻な彫金が施された品だった。
「…もしかして、ホルエムから?」
フィルの問いに、こくりとネフェルは頷いた。
「そう、それは大事にしないとね……じゃ、行こう」
フィルは優しく微笑み、ネフェルの手を引いた。
4人は通路を引き返してムルから地上に出た。まだ空は暗く、神殿に人影はない。
「リネア、お願い」
「はい」
リネアは、その場でティフォンの姿をとった。
「…り、リネアが…!」
さすがのネフェルも、これには驚いたようだ。以前、フィルが九尾になるところも見てはいるが、見上げるばかりの竜の巨体には、やはり驚きを禁じ得ないらしい。
「ネフェル様、私は神獣である竜族の王、ティフォンの力を受け継いでいます。これは、その姿です」
リネアの声で巨竜が言う。
「そう、なの…?」
「ネフェル、ちょっとごめんね」
ネフェルがぽかんとしている隙を突き、フィルはネフェルをさっとお姫様抱っこして、そのままティフォンの背へと跳躍する。一瞬遅れてメリシャも続いた。
「リネア、いいよ」
「しっかり掴まっていてください」
バサリと大きく両翼を一振りして、ティフォンは空中へと浮かび上がった。
身を固くして、フィルの服をギュッと掴んでいたネフェルだったが、いつかのように眼下に横たわる黒々とした大河イテルの流れ、メンフィスの町明かり、そして月に照らされた砂漠の風景が見えてくると、次第にその力も抜けていった。
「フィル…ありがとう」
囁くように言ったネフェルに、フィルは軽く微笑む。
「どういたしまして。…でも、本当に大変なのはこれからよ。悪いけど、付き合ってね?」
「うん」
大河イテルの流れに沿って、ティフォンは一路、ペルバストのバステト神殿を目指した。
次回予定「南部州軍 1」




