説得と脱出 2
事情を聞いたネフェルは、巫女長の務めを放棄することに悩む。
「ネフェル、前に言ったよね。ネフェル一人の支えが無いと立っていられない国なんて、とっとと傾いてしまえばいいのよ」
「フィル…本気で言っているの?」
「えぇ。…ネフェルこそ、本気なの?…ホルエムを助けるよりも、巫女長の勤めが大事なの?」
ネフェルは、俯いて唇を噛む。
「フィル様、もう良いのでは?…ネフェル様も苦しいのですから、可哀想ですよ」
「ごめん、ちょっと言い過ぎたかな…でも、ネフェルにもわかってほしいんだよ。誰かが犠牲になって国を支えるなんて、おかしいんだって」
「フィル様が、それを仰いますか?」
「う…」
くすりと笑うリネアに、フィルは恥ずかしそうに声を詰まらせた。
「ネフェル様、ホルエム様を助けたいですか?」
リネアは、フィルと同じ問いをネフェルにぶつけた。
「助けたい。…でも、巫女の務めも大事…」
「ネフェル様、巫女の務めとは、魔術の根源となることなのですか?…巫女の務めとは、民の心の癒しとなり、拠り所となることではないのですか?」
「それは…そうだけど」
ネフェルは、視線を彷徨わせる。
「このオシリス神殿は、神殿の本分を忘れ、人同士の争いに加担しています。それでは民の心の拠り所にはなりません。ネフェル様がここにいても、ただ魔術の根源として利用されるだけです」
リネアは、ふわりと微笑んでネフェルに手を差し出した。
「ネフェル様、私達と一緒に来てください。ヒクソス領には、バステト神の都ペルバストとバステト神殿があります」
「…バステト神の神殿…?」
「はい、気まぐれで可愛らしい神様がいらっしゃいますよ。ネフェル様のことも快く迎えて下さるでしょう」
「でも、メネスの人たちは…」
躊躇うネフェルに、メリシャが口を開いた。
「これから、ホルエムたちは、メンフィスにいる南の軍勢と争うことになる。ネフェル、彼らの拠り所になってもらえないかな?」
現時点で南部州軍は、すでにメンフィスに入府している。ホルエムたちは、ギーザやヘリオポリスなど、王国北端の一部を確保しつつ、南部州軍と対峙するしかない。ホルエムたちは正直劣勢だ。でも、ホルエムは諦めてはいない。
メリシャは、ネフェルに説明を続ける。
抵抗を続けるには基盤が必要だ。そのためにホルエムたちは、ギーザやヘリオポリスの周辺を自分達の国土とし、ホルエムをファラオとする『メネス王国』を名乗る。
それにより「メネス王国はまだ倒れてはいない、南部州軍は反乱軍だ」と宣言して、正統性を誇示しつつ南部州軍に対抗するのだ。そして、ヒクソスが表向きは中立の立場をとりつつ、ホルエムたちを支援する。
では、それとネフェルがどう関係するのかというと…
メネス王国を名乗る以上、その組織はメネス王国の仕組みを引き継ぐものでなければならない。メネス王国では、ファラオの下に、王政府、軍、神官団の3つの組織があり、王政府が立法と行政、軍が国防と治安維持、神官団が信仰と司法を担っていた。
正統政府でそれを担うのが誰かと言えば、王政府はホルエムとハトラ、軍はアイヘブ将軍がいる。残る神官団の役目をネフェルに担ってほしい。
政治や神殿組織の面では大神官が権力を振るっていたようだが、信仰の象徴としてはネフェルの方が民によく知られている。そのネフェルがホルエムの側に付いたとなれば、民の抱く印象に大きく影響する。
話の間、ネフェルはメリシャから目をそらさず、ずっと黙って聞いていたが、話が終わっても俯いたまま考え込んでいた。
「わかった。…一緒に行く」
小一時間ほども悩んで、ようやく頷いたネフェルに、メリシャはホッとした表情を浮べた。
「ネフェルもホルエムも、絶対に悪いようにはしないから」
「メリシャ、ありがとう」
「じゃ、見つからないうちに早速…」
言いかけたフィルは、ふとネフェルが寝ていた寝台の方に目を向け、軽く手を打った。
「…っと、ここから出る前に、ちょっと魂の井戸を調べさせてもらっていいかな?」
「構わない」
あっさりとネフェルは承諾した。
次回予定「説得と脱出 3」




