説得と脱出 1
ネフェルに事情を説明するフィルたち。
「ネフェル、今の外の状況は知ってる?」
「…?」
リネアにもらった焼き菓子を頬張りながらネフェルは首をかしげた。
「…いつもどおり?」
ネフェルが何も知らないのはよくわかった。半ば予想していたフィルは苦笑する。
「わかった。良く聞いてね。ホルエムにも関係することだから」
「聞く」
ネフェルはこくりと頷き、フィルをじっと見つめた。表情はあまり動かないが、その眼差しは真剣だった。
フィルは、メネス王国の侵攻からこれまでの出来事をかいつまんでネフェルに話して聞かせた。ネフェルが関っていないことはわかっているが、ヒクソスへの侵攻をオシリス神殿の大神官が後押ししたことも伝えると、さすがにネフェルの顔色が変わった。
「フィル、リネア、メリシャ、ごめんなさい。神殿が迷惑をかけた」
ネフェルは、躊躇うことなく床に手をついて頭を下げる。
「謝らなくて良いよ。ネフェルは知らなかったことなんでしょう?」
「そうです。ネフェルは何も悪くないのですよ」
メリシャが、ネフェルの肩に手を添えて頭を上げさせ、リネアもネフェルに微笑みかけた。
「でも…」
「ネフェル、神殿が賛成しなくても戦争は起こっていたよ。だからネフェルが責任を感じることはないの…どうして大神官が戦争に賛成したのかは気になるけど、それはとりあえず置いておこう。今は、もっと大事な話をしなきゃいけない」
フィルは、お茶を一口飲んで話を続ける。
「ホルエムとハトラは、メネス軍やヒクソス軍と一緒にギーザの近くにいる。けれど、今、王都メンフィスには南方から来た軍勢が入ってきていて、ホルエムたちはメンフィスに戻れない」
「ホルエムは無事?」
「今は大丈夫。けど、安心はできない」
フィルは、メリシャに目を向けた。
「ネフェル、ボクは百の目で百の未来を見ることが出来る。…その未来で、南方から来た軍勢はホルエムたちメネス軍の敵になるの…つまり、王国はもう南の軍勢の手に落ちた、ということだと思う。王国を取り返すためには、ホルエムたちは南の軍勢と戦って勝たなくちゃいけない。しかも、争いになった時、オシリス神殿は南の軍勢に味方する」
「ホルエムは、どうなるの?」
「わからない。ボクは未来を見ることができるけど、未来っていうのは、必ずこうなるって定まったものじゃない。…ただ、戦争になれば、ホルエムたちが負けることだって有り得る」
「…!」
ネフェルの目が大きく見開かれる。
「ホルエムが、死ぬの…?」
「大丈夫、そうなると決まったわけではありません」
呆然とつぶやいたネフェルを、リネアが胸に抱き締め、優しく髪を撫でる。
「私たちは、そうならないように、ここに来たのです」
「…ネフェル、ホルエムを助けたい?」
フィルの問いかけに、ネフェルはこくりと頷いた。
「そのためには、オシリス神殿の巫女長は辞めてもらうけど、いい?」
「…」
ネフェルは息を呑み、睨むようにフィルを見つめた。フィルも目を逸らすことなく、ネフェルの答えを待つ。
「ネフェルが勤めを果たさなければ、国が傾いて皆が困る…」
苦しそうにネフェルは言った。
「本当にそうかしら?魔術がなくても、人は生きられるよ。ヒクソスに魔術はないし、わたしの故郷にも魔術なんてなかった。でも、人々は自分たちの力で生きていた。巫女長がいなくて魔術が使えなくても、民の暮らしはそんなに変わらないよ」
フィルは、ネフェルの存在意義を否定する。
フィルの言ったことは事実だが、一面的なものだ。確かに魔術がなくても民は生きられる。しかし、メネス王国がオシリス神殿と魔術の力を使って国を栄えさせてきたのもまた事実なのだ。フィルとて、それくらいは百も承知だ。
だが、フィルはあえて一面的な事実だけをネフェルに突きつけ、ネフェルがいなくても何も問題はないと言い切ってみせた。
次回予定「説得と脱出 2」




