不安の未来視 2
メリシャは未来視で何を見るのか。
「わかった」
「メリシャ、こちらへ」
リネアが座ったまま自分の膝をポンポンと叩いた。メリシャが『見』る時はリネアの膝枕。言われるがままにメリシャは敷物の上に横になり、リネアの太腿の上に頭を置いた。リネアの手が、そっとメリシャの額に添えられる。
メリシャが両目を閉じるのと入れ替わるように、全身に浮かんだ百の目が開く。そして『これから起こり得る』百の未来を映し出した。
垣間見た未来の大半は、同じようなものだった。細部は違うものの大筋では同じと言っていい。それだけ、今見えた未来の状況は確定的だということだ。
ホルエムたちはメンフィスに戻ることはできなくなり、メネスのファラオであるウナスは処刑される。
半狂乱のウナスの首に鈍く光る斧が振り下ろされる。その場には神官らしき者たちもいて、何かの儀式を行っているようにも見えた。
そして、メンフィスを手中にした南部の軍勢は、新たな国を名乗るのである。
薄目を開けたメリシャの視界に、心配そうな表情をしたリネアの顔が見えた。
「メリシャ、大丈夫ですか?…その…いつもより苦しそうに見えましたが」
未来視の中で人が死ぬところを見るのは珍しくはないが、今回の未来視は対象範囲が狭いだけに、いつもにも増して間近に見ているようなリアルさがあった。その中で、同じ人間が殺されるところを何十回も見せられるのはさすがに気分が悪い。
「うん、…ボクは大丈夫だよ…」
メリシャは、リネアに支えられながらゆっくりと身を起こす。そして、傍らのフィルに目を向けた。
「フィル、やっぱりメンフィスにいる南部州軍は、ホルエムたちの味方じゃない」
「…ありがとう。それなら対策も立てられる。助かるよ」
心配しつつも黙ってメリシャを見つめていたフィルは、微笑みながらメリシャの頭をそっと撫でた。
「メネスの王様は処刑されて、南部州軍が新しい国を名乗る。ほとんどの未来でそうなった。だから、きっとそれは確実な事なんだと思う。それに、処刑の場には神官みたいな連中もいたよ」
深刻そうなメリシャの様子に、フィルはメリシャを撫でていた手を止め、笑みを消す。
「そっか…」
フィルは眉を寄せて腕組みした。
「シェシ、フルリ、このことはしばらく誰にも言わないこと。いい?」
フィルは、壁際で半ば固まっているシェシとフルリに言った。
「…は、はい…」
二人とも、メリシャの未来視を見るのは初めてだった。メリシャが神に数えられた種族で、未来を見ることができるとは聞いていたが、全身に浮かんだ百の目が開く姿を初めて見て、メリシャもまた人外の存在なのだと実感した。
「さて…どうしたものかな」
フィルはメリシャに視線を戻す。南部州軍がホルエムたちと敵対するならば、ヒクソスはこれからどう動くべきか考えなくてはならない。
だが、取り得る選択肢は限られる。どちらの味方もせず中立を保つ。南部州軍に味方する。ホルエムたちの味方する。大まかにはその3択である。個人的にはホルエムたちとの繋がりはあるものの、だからと言って無条件にホルエムたちの味方をすることがヒクソスにとって最善とは限らない。
今起こっている事態は、あくまでメネス王国の内部の問題であって、ヒクソスが介入する理由はない。ヒクソスとしては国境を固めつつ、中立の立場で静観するのが最も無難な選択だ。
同様にヒクソスが南部州軍の味方する理由もないし、フィル自身そうしたくはないが、メネスに虐げられた者同士が手を組んでメネス王国を倒そうと、南部州軍の側からヒクソス側に共闘を申し込んでくる可能性はある。そうなれば王国に対する恨みが燻るヒクソスでは、賛成の声を上げる者も出るだろう。
停戦しているとは言え、現状、ヒクソスとメネスはまだ交戦国同士なのだ。客観的に見れば、ホルエムたちに味方をするという選択肢が、正直一番選びにくい。
問題なのは、メンフィスに入府している南部州軍が王国に反旗を翻した理由と、現在のメンフィスの状況だ。
南部州軍が、無防備な状態のメンフィスを急襲したのであれば、ケレスの配下が持ってきたホルエムやヒクソス軍への待機要請はおかしい。むしろ急いでメンフィスに戻り、王城を守るよう命令するだろう。
とすると…要請自体がウナス王やケレスが出したものでなく、南部州軍がメンフィスを完全に制圧するまでの時間稼ぎ…なのか?
「メリシャ、ここは慎重に考えよう。今すぐに結論を出す必要はないわ」
「…うん」
メリシャは頷いたが、その後には重苦しい沈黙が訪れた。
次回予定「不安の未来視 3」




