呉越同舟 3
メンフィスからやってきた使者の用件とは…?
使者が持参したメネス王城からの書簡は、メンフィスに向かうメネスとヒクソス両軍に対して、メンフィスの手前の都市であるギーザで停止し、出迎えの準備が整うまで待機してほしいと要請する内容だった。
一応、要請という体裁はとっているものの、無視して進めば、メンフィスへの入府は認めないということだろう。出迎えの準備というのも、言葉通りの歓待の意味ではあるまい。
「講和交渉のため、メリシャ王をメンフィスに招いたのは王国だ。しかも事前に使者を出し、メリシャ王にヒクソス軍1千が同行することも知らせて許可を得ていたはずだ。それなのにメンフィスに入れぬとは、どういうことか!」
ホルエムは強い口調で使者を問い正したが、彼とてただ命ぜられただけの役回り。命令の理由など知る由もない。ただ、彼に使者の役目を命じたのは、ケレス宰相だということはわかった。
ホルエムから相談されたメリシャは、首をかしげる。
まぁ、愉快な話ではないが、その程度の嫌がらせは珍しいことでもない。だが、自分やヒクソス軍はまだしも、メネスの王太子であるホルエムまで足止めする理由がよくわからない。
どういう理由にしろ、まずは相手の出方を見てみようと考えたメリシャは、要請のとおりしばらく進軍を停止することにした。
だが、その期間は明日から2日間だけとし、その間にメンフィスに入ることが認められない場合は、ヒクソス軍は自国に引き返し、停戦も破棄するという条件を付けておく。
使者には、ホルエムとメリシャそれぞれからの返書を持たせて、メンフィスに帰らせた。
「メリシャ王、迷惑をかけて申し訳ない」
「ホルエムのせいじゃないから、気にしなくて良いよ。けど、どうして急にそんな使者を送ってきたのかな…一応聞くけど、ホルエムもハトラも知らないんだよね?」
メリシャもホルエムたちを疑う気は無い。もし疑っているなら、こんなにストレートに訊くわけがない。
「もちろんです。信じては頂けないかもしれませんが、ホルエム様も私も、全く知らないことです」
苦しげな表情を浮かべてハトラが答える。
「ホルエムとハトラのことは信じるよ」
「ありがとうございます」
「ハトラ、何か思い当たることはない?」
「…そうですね…やはり、メンフィスにヒクソス軍を入れるのが怖くなった、というところでしょうか」
ハトラの話では、メネスの常備軍はその大半が今回の侵攻に参加しており、ホルエムが連れてきた援軍も、本来は王都を守るはずだった部隊らしい。ということは、今、メンフィスを守っているのはファラオの近衛などごく少数。ほぼ無防備と言っていい。
ホルエムがあえて本隊を国境に待機させ、随伴は同数の部隊にしたのも、メリシャたちに危害を加えないという意思の現れなのだが、その結果、このままヒクソス軍がメンフィスに進めば、その無防備な都市、しかも一国の都に、他国の軍勢を入れるという、メネスにとって大変危うい状況になる。
「ちょっと待って。王都の兵力がほぼ空っぽって本当なの?」
九尾の姿のまま黙っていたフィルが口を開いた。
「それなのに、わざわざメリシャをメンフィスに呼ぼうとしたの?ウナス王はヒクソス軍がメンフィスに入ることを承知していたの?」
もし、自分たちが裏切ったらどうするつもりだったのかとフィルは呆れる。信じてくれるのは有り難いが、責任ある立場の者としては危機管理が甘いのではないか?
「無論だ。講和交渉をメンフィスで行うという話は、俺がメンフィスを出る前にファラオとケレスに了解を得ていた。ファラオが戦場に出て行くわけにはいかない、ということらしい。ヒクソス軍がメリシャ王に同行することは後から知らせたが、その許可も出ていた」
「それなのに、急に態度を変えて待機を要請してきたと…」
「ヒクソス軍を侮っていたのだと思います。先に帰還した徴用兵たちから戦の様子が伝わり、今になって慌て始めたのでは…」
「だとしたら、滑稽ね」
今ひとつ腑に落ちないものの、フィルは皮肉っぽくつぶやいて口を閉じた。
使者への対応のために一時停止した両軍だったが、使者がメンフィスに引き返すと、再びギーザに向けて行軍を始めた。
ホルエムから聞いたところでは、ギーザは大河イテルの河岸の丘陵地帯に広がる町だそうだ。
大河イテルの水運とヒクソスとメネスを結ぶ街道が交わる物流の要衝。ヒクソス側からしてみればあまり愉快な話ではないが、ヒクソス領内で集められ、メンフィスに送られる上納品の中継地として栄えたのが、このギーザの町である。
行軍は順調で、すでに遠くに陽炎に揺らめくギーザの町が見えている。しかし、メンフィスまではもう少しだというのに、ギーザで足止めされるとあって、メネス側の雰囲気は明らかに沈んでいた。
次回予定「呉越同舟 4」




