停戦交渉 1
メネス軍の陣へとやってきた、フィルとリネアの目的とは?
※300話目を迎えることができました!
メネス軍本隊が駐屯する砦にフィルとリネアがやってきたのは、メネス軍の先鋒部隊が出撃し、そして全滅した日の夕刻のことだった。
「アイヘブ将軍、メンフィスでお目にかかって以来ですね」
にこやかに言うフィルと、その隣で静かに控えるリネア。反対に厳しい表情を浮かべるアイヘブの周りは、10人を超える護衛兵が固め、幕僚たちも緊張した面持ちで立っている。
「将軍、たかが娘二人に、ずいぶんと物々しいのではありませんか?…わたしたちはこのとおり丸腰ですよ」
とんとんと軽く自分の腰を叩きながら護衛兵たちを見回し、フィルはアイヘブへと視線を戻す。
「貴女がファラオの御前でやったことを考えれば、これでも足りぬくらいだ」
不機嫌そうに口を曲げながらアイヘブは言う。
敵陣の真っただ中に丸腰でやってくること自体、普通はできない。裏を返せば、武器など無くても身を守れると思っている証拠だ。
「わたしは我が王の身を守っただけですよ…ちゃんと治療もしたではありませんか」
フィルは苦笑した。
「来訪の用件を伺おう」
「では…、我が王メリシャからの伝言をお伝えします」
こほんと、小さく咳払いしてフィルは言う。
「ヒクソスは、メネス王国に対して停戦を申し入れる。こちらも無駄な犠牲は望まない。メネスが停戦に同意するなら、講和交渉に応じる用意がある」
「停戦だと…?笑わせるな」
アイヘブは声を上げて笑って見せる。居並ぶ幕僚たちも呼応して笑い声を上げた。
「こちらには、まだ7千の兵が無傷で残っているのだぞ。そちらが降伏するのなら、停戦しても良いがな」
フィルはアイヘブの言葉に顔色一つ変えず口を開く。
「今朝がたこちらを出撃した先鋒の部隊は全滅させました。残念ですが、一人として戻っては来ませんよ」
「なんだと…!」
一転して表情を強張らせたアイヘブに、フィルはニィッと笑って追い打ちをかける。
「あぁ、それともうひとつ。…大河イテルを下ってきた別動隊がいたようですが、そちらもすでに全滅させました。我が王都アヴァリスは平穏そのものです」
いつまで待ってもアヴァリスを陥落させたとの伝令が来ないから、もしやとは思っていたが、それにしても全滅とは…アイヘブは、ギリッと奥歯を鳴らす。
「停戦に応じるか否か、今日から5日間だけ待ちます。それまでこの砦への攻撃はしないと約束しましょう。ですが、兵をこの砦から一歩でも先に進めた場合は容赦しませんので、くれぐれもご注意を」
「…承知した。後日返答させてもらう」
「こんな戦に参加させられている兵たちのためにも、良い返事を期待しています。…では、本日はこれにて」
フィルはそう言って軽く頭を下げると、くるりとアイヘブに背を向けてさっさと天幕を出て行く。
「失礼いたします」
リネアも一礼してフィルの後に続いた。
「将軍、あの娘たちをそのまま帰して良いのですか?…捕らえて捕虜にすれば…」
「無理だ」
苛立たし気に言う幕僚に、アイヘブはフィルたちの背から視線を動かすことなく言った。
「…何人殺されるかわからん」
「まさか…」
「あれらは見た目通りの娘ではない。外の兵どもにも死にたくなければ決して手出しするなと厳命せよ」
「はっ!」
ファラオの前で、近衛兵を一刀の下に斬り捨てたあの動きを思い出すと、背筋が寒くなる。あれを止めるとすれば、一体何人、何十人の兵で押し包めばいいのか…それでも足りるとは思えない。
フィルとリネアは、大勢のメネス兵の視線が集まる中、誰にも邪魔されることなく悠々と森へと戻っていった。
その頃、メネス軍の先鋒部隊を全滅させたヒクソス軍は、狩場に少数の見張りだけを残し、森の奥の野営地に移動していた。こんこんと湧き出る綺麗な泉のほとりに、大きな天幕が幾つも張られている。
この場所はフィルに教えてもらったのだが、どうしてフィルがこんな場所を知っていたのかは謎である。どうもリネアも知っていたようだが…メネスとの間を行き来するうち、空からでも見つけたのだろうか…?
フィルとリネアが野営地に戻って来たのは、ちょうど夕食の用意ができた頃だった。
「さて、…これからどうなるかしらね」
塩漬け肉と根菜のスープにパンを浸して口を運びながら、フィルが言った。
「ホルエム様とハトラ様は、こちらの提案どおりに動いて下さると思いますが…」
フルリの皿にお代わりのスープをよそいながら、リネアが応じる。
「……アイヘブ将軍が意地になって、徹底抗戦するかもってこと?」
ごくりと口の中のパンを飲み込んで、メリシャはフィルを見つめた。
次回予定「停戦交渉 2」




