人食いの森 3
総崩れとなって森に逃げ込むメネス軍。だが、森の中には…
※「傾国狐のまつりごと」の連載を開始して3年目に突入しました。
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弾む息を整えつつ、周囲の状況に気を配る。
街道から森に逃げ込んだメネス兵たちの姿が木々の間に見え、あちこちから足音や喧騒が聞こえていた。街道の様子はわからないが、おそらくは街道の向こう側の森にも逃げた者がいるはずだ。
それなりの数の味方が森に逃げ込めたようだが、反撃するせよ、撤退するにせよ、問題は、ここからどうやって兵たちをまとめるかだ。森の中に散らばってしまった状況では、号令を伝える方法がない。
「砦に向かって、撤退するしかないか…」
ゼブルはつぶやいた。少し先に、5人ほどの兵が互い背中合わせに固まっているのが見えた。ヒクソス兵の襲撃を警戒しているのだろう。出会った兵をまとめつつ、撤退しよう。そう考えたゼブルが木の影を出た瞬間、バシュッと空気を裂く音が響いた。
「…かっ…」
短い声を上げた兵の首に、矢が突き刺さっていた。音のした方を見れば、頭上の木と木を結ぶように張られた橋のような足場に、ヒクソス兵が弓を構えているのが見えた。
驚く間もなく再び矢が放たれ、目の前でメネス兵たちが次々に倒れ、ゼブルは慌てて地面に伏せ、元の木の影へと逃げ戻る。
木の影に隠れても、ヒクソス兵たちは足場の上を移動して次々に矢を射かけてくる。足場の位置は背丈よりも高く、苦し紛れに剣や槍を投げつけるのがせいぜいだが、一度投げればもう武器がない。
嵌められた…ヒクソスの連中は、最初からメネス軍を森に誘い込むつもりだったのか…砦をあっさりと放棄したのも、逃げたと見せかけるため…
森の中では、身軽で素早いヒクソス兵の方がはるかに有利。しかも連中は、手の届かない場所から一方的にこちらを攻撃できるよう、あんな足場まで用意していた。
こんなことなら先鋒に志願しなければ良かった…と、ゼブルが唇を噛むのと同時に、彼の左肩に深々と矢が刺さった。
短く呻いて肩を押さえたゼブルの耳に、あちこちから響く悲鳴や怒号が入ってきた。森に逃げ込んだ兵たちが、同じようにやられている…ここにいたら、自分も死ぬ…ゼブルは肩の痛みを我慢して走り出した。
…木の影を伝うように死に物狂いで走った。
その行く手に現れるのは、森の中に伏した夥しい数の味方兵の死体だった。首や頭に矢を受けた者、人の背丈ほどの溝に落ち、その底に並べられた尖った木杭で串刺しにされている者…。
だが、そんなものはどうでもいい、とにかく一刻も早くこの場を離れなければならない。たった数百メートルの距離が無限に感じられ、足がもつれ始めた頃、ようやくゼブルの視界が明るくなった。
木々が途切れ、街道が見えた…安堵した瞬間、頭の後ろにガツンと衝撃が走った。痛みを感じる間もなく、ゼブルの意識はそこでプツリと途切れ、ドサリと身体を投げ出すように地面に転がる。倒れた彼の後頭部からは、矢の尻尾が突き出していた。
森に響くメネス兵たち悲鳴は、メリシャたちがいる巨木の上にも届いていた。
「メリシャ様、敵は生き残ったほぼ全員が森に入りました。各隊の判断で殲滅を始めています」
「よろしい。そのまま続けさせて。矢が足りないようなら、近くの拠点から運ばせて」
「はっ!」
斥候が出て行くと、メリシャは後ろで見ている部族の代表たちを振り返った。
「間もなく、敵の先鋒部隊は全滅します。おそらく、こちらには被害はないでしょう」
事もなげに言ったメリシャの言葉にどよめきが起こる。相手を全滅させ、こちらに被害は皆無。そんな戦いはヒクソスの誰も見たことがなかった。
それを可能にしたのが、戦術の転換。直接敵と剣を交えるのではなく、飛び道具や長槍による相手の手の届かない場所からの攻撃、後の歴史で言うアウトレンジだ。
フィルが編成した直轄軍団の主戦力は弓兵である。数的にも直轄軍団の約半数が弓兵であり、その全てがこの森に投入されていた。
次回予定「人食いの森 4」




