緑の狩場 3
誘い込まれたメネス軍に、ヒクソス軍が襲い掛かる。
メリシャの前で報告している少年兵の背格好も、フルリと同じくらいだった。フルリと同じ年頃だとしても男性としては小柄な方だろう。彼は、その体つき故に戦士になれず、部族の中では戦士たちから下に見られる境遇にあった。
フィルが直轄軍団の兵を集めた際に、部族の戦士を直轄軍団に取られたくなかった部族長たちは、戦士でも力に劣る者や、戦士になれなかった者たちを、厄介払いのように送り出した。決して望んでいたわけではない直轄軍団入りだったが、おかげで彼はフィルの目に止まり、斥候として訓練を受け、今に至ったのである。
「数はどれくらい?」
「およそ千ほど。全て歩兵です。後続の隊は見えませんでした」
「わかった」
メリシャが、隣に立っている妲己に視線を向けると、妲己は小さく頷いた。
…可哀想だが、その先鋒部隊には全滅してもらうとしよう。
「弓兵隊と砲兵隊に伝令。敵部隊の全軍が偽街道に入ったら、予定の攻撃を開始せよ」
「はっ!」
メリシャが命令すると、斥候の少年兵は素早く踵を返し、木々に張られた足場の上を走っていった。
それから約30分後、隊列を組んで街道を進んでいたメネス軍の先鋒部隊は、突如攻撃を受ける。しかも、警戒していた進行方向からではなく、後ろから。
森の木々に隠れた通路の上に並んだ弓兵隊が、無防備な隊列の最後尾に向けて、次々に矢を放った。地上からは見えない梢の間から飛んでくる矢に、メネス兵たちはどこから攻撃されているのかもわからない。
弓兵たちがいる吊り橋状の通路は、地上からだいたい5mほどの高さに張られていて、地上からが剣や槍を振るったところで届かない。ヒクソス軍によるメネス軍への一方的な攻撃は続いた。
あっという間に、メネス軍の後列がパニックに陥った。後方にいた兵たちが、前にいる兵を押し退けて逃げようとしたせいで、混乱は連鎖的に隊列の前へと伝わっていく。
道幅はそれなりに広いが、逃げる兵たちが殺到すれば、街道は兵たちで一杯になり、身動きがとれなくなる。
それを待っていたかのように、木の上から街道の様子を見ていた斥候の少年兵が、首から掛けていた笛をピィィィと鳴らした。
「撃て!」
バンッと何かを弾く大きな音が響き、メネス軍の間から血しぶきが上がった。
戦象を倒したバリスタが森の中に配置され、今度はメネス兵に向かって牙を剥いたのである。長大な射程を持つバリスタは、森の奥まった位置からでも街道を攻撃できる。しかも相手は互いに押し合って身動きとれないほど密集しているのだ。細かな狙いをつける必要もない。
バリスタから射出された青銅矢は、象の分厚い皮膚や骨を貫通する威力を持つ。人間に当たれば鎧など何の意味もなく、数人をまとめて串刺し…いや、血塗れの肉塊に変えてしまう。
それが、街道の両側から放たれた。一体何が起こったのかも、兵たちにはわからない。
森の奥で、キリキリとウインチを巻き上げる音が響く。明るい街道から薄暗い森の中は見えない。逆に、森の中から陽の当たる街道は丸見えだ。再装填に時間がかかるとは言え、混乱を極めたメネス兵たちに、冷静に射点を見極めることなどできなかった。
ヒクソスの砲兵たちは黙々と再装填の作業を続ける。そして、しばらく間をおいて第二射が放たれた。
再び血しぶきが上がり、半身を抉り取られた兵がボロ布のように地面に叩きつけられる。矢で射られたのとはまるで違う、そのむごたらしい死に様を目の前で見せつけられ、メネス兵たちの恐慌は一気に決壊した。
どこから攻撃されたのかもわからない。敵がどれだけいるのかもわからない。そして、次はいつ攻撃がくるのかもわからない。次にあの槍が飛んで来たら、内臓をブチ撒けるのは自分かもしれない…そんな本能的な恐怖に抗える者はいなかった。
悲鳴と怒号が交錯し、後列の兵が一斉に前方へと走り始める。列の前方にいた兵たちは、突然後方から味方に押し退けられ、連鎖的に混乱が広がっていく。指揮官は状況を把握できず、静まるよう声を上げてもすでに兵に届きはしない。
散発的な同士討ちすら起こり始めたメネス軍の混乱は、すでに先鋒の部隊全体へと広がっていた。
次回予定「緑の狩場 4」




