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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 メネス戦役
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緑の狩場 2

数に勝るメネス軍に対し、ヒクソス軍は罠を仕掛けて待ち伏せる。

 いつの間にか空っぽになっていた砦を無血占領してから、丸一昼夜がたったものの、ヒクソス軍からの反撃は全くなく、街道の少し先まで斥候を出してみても、ヒクソス軍の気配はないとの報告だった。


「将軍、一部の者から、早々にヒクソスの追撃を行うべきだとの声が上がっております」

「そうだな。…あまり悠長にしているわけにもいかん。やむを得んか…」

 やや不快そうな表情でアイヘブは言った。侵攻を急かしているのは、ケレスに擦り寄っている連中だ。侵攻が大きく遅延すれば失態となり、出世に響くと焦っているのだろう。


 だが、どうにもヒクソス軍の戦い方が気にかかる。アヴァリスに向かったはずの別動隊の情報も、未だに全く入って来ない。

 できれば状況を見極める時間が欲しかったが、あまり侵攻が遅らせるわけにもいかないのはアイヘブも承知していた。


「カシル、その言い出した連中に先鋒を言い渡し、明朝、準備でき次第、前進を開始するよう命じよ。まずは連中だけを進軍させ、ヒクソスどもの出方を確かめる」 

「はっ…では、徴用兵たちはいかがしますか?」

「徴用兵は、帰還の準備をさせておけ。それと、メンフィスに伝令を出して、別動隊の消息が途絶えていることを伝え、侵攻を継続すべきかファラオの裁可を仰げ」


「承知しました」

 天幕から出て行くカシルを見送り、アイヘブは深く椅子にかけたまま、天幕の入り口から見える森に目を向けた。濃い緑で塗りつぶされたような鬱蒼とした森が、アイヘブの目にはとても不気味に見えていた。

「…一体、何が起こっているのだ…?」

 誰に言うともなく、アイヘブはつぶやく。王太子がヒクソスに捕らえられ、メリシャと名乗る王が現れてから何もかもがおかしい。


 戦象たちは失ったものの、自軍にはそれ以外の被害らしい被害はない。ヒクソス軍を容易く追い散らし、砦を占拠した。別動隊の状況は全くわからないが、この場においては自分達が優位にあるはずだ…そう思っては見たが、アイヘブの表情が晴れることはなかった。


 アイヘブたちが占拠した砦から、街道を進むことおよそ半日の地点。そこがヒクソス軍が『狩場』と名付けたポイントだった。

 地上から見るとただの森にしか見えないが、木々の梢に隠れた足場や吊り橋が張り巡らされ、地上の敵を一方的に攻撃できるようになっているほか、木漏れ日が差し込む林床にも、下草に紛れた罠が散りばめられている。


 ヒクソス軍は、アヴァリスへと向かう本来の街道を巧妙に分岐させ、この狩場に続く偽の街道を造り上げていた。本来の街道は、盛土と伐採した樹木で塞がれ、街道を通って来るメネス軍は知らぬうちに偽街道へと誘導される仕組みだ。


 メネス軍本隊に対して1/4の兵力で待ち受けるヒクソス軍だが、少し前に戻ってきたリネアから聞いたところでは、メネス軍は騎兵や戦車を含む主戦力を砦に留め、先鋒として一部の歩兵部隊を前進させ、こちらの出方を探る腹のようだ。


 メリシャは、巨木が広げる太い枝を利用して作られたテラス状の足場の上にいた。

 予想よりも少しばかり早かったが、砦を脱出してここまで撤退してくることも、予定されていた行動である。一緒に脱出した弓兵たちも、それぞれ新たな配置に散らばっていた。


「メリシャ様、メネス軍の先鋒が偽街道に入りました」

 メリシャのところに、斥候が報告にやってきた。


 武技に優れることを至上とするヒクソス軍では、これまで剣を持って戦う「戦士」だけで軍が構成されていたのだが、フィルが始めた軍制改革で、幾つかの兵科に再編され、能力に応じた役割が与えられていた。バリスタを運用する砲兵、複合弓を装備する弓兵、大型の盾と長槍を装備する重装歩兵、これまで主力だった戦士に相当する軽装歩兵、そして、この斥候である。


 …ちなみに、騎兵や戦車がいないのは、森や湿地の多いヒクソス領内では活躍できる場所が少なく、育成に費用と時間がかかる割に使い道に乏しいからだ。


 斥候の任務は偵察と伝令であり、敵と遭遇したら戦って倒すよりも脱出を優先する。戦って死ねば、情報を持ち帰ったり、指揮官の命令を伝達することができないからだ。

 だから、最低限の自衛以上の武技は必要なく、これまでは身体的な不利から戦士になれなかった、小柄で身の軽い者たちが斥候の役割に就いていた。

次回予定「緑の狩場 3」

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