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「さて、わたしに聞きたいことも色々あるでしょう?言葉遣いは気にせず、なんでも聞いてください。わたしも普通に喋らせてもらうので」
フィルは、目の前に並ぶ闘技大会参加者の面々を見回した。ぜひにと思っていたケンタウロス族との交流の話が悪い感触ではなかったので、少し気楽な表情を浮かべている。
はい、と手を挙げたのはパエラだった。
「えーと、総督、さま?」
「フィルでいいよ」
「じゃ、フィルさま。あたし、妲己ちゃんに総督府に遊びに来いって言われたんだけど、どうしてかな?」
少し警戒するように尋ねるパエラに、フィルは、にこっと笑う。妲己からパエラのことを推薦されていたからだ。
「パエラは、今、何か仕事してる?」
「そうねぇ…下町で服作りや布を織るお手伝いしてるくらいかな。種族がら、糸を扱うのは得意だから」
「わたしの護衛になる気はない?」
にこにこと笑みを浮かべたまま、フィルはパエラに尋ねる。
「はい?」
パエラは、ゆっくりと首をかしげる。しばらくフィルと見つめ合い、パタパタと手を振る。
「いやいや、フィルさまはあたしより強いじゃない?護衛なんていらないでしょ」
「そうでもないんだよねー」
フィルは困ったように腕を組む。
「…もしわたしがまた襲われたとするじゃない?」
「うん」
「当然、わたしも反撃するよね?」
「うん」
「たぶん、加減ができなくて相手を殺しちゃう」
「はぁっ?」
パエラはあんぐりと口を開ける。
「妲己みたいに戦い慣れてないのに、強過ぎる力を手に入れちゃったから、普段はともかく、咄嗟の時にうまく加減ができないのよ。…みんな殺しちゃったらマズいじゃない?捕まえて雇い主とか吐かせたいのに」
「うーん、それは確かにマズいかも…」
「パエラがいてくれれば、大抵の相手なら殺さずに捕まえられるでしょう?」
「なるほどね…確かにあたしは相手を倒すより、動けなくする方が得意だけど…」
「それに」
フィルは真剣な口調になる。
「わたしだけじゃなくて、リネアも守ってほしい。リネアはわたしの側にいるから、いつ巻き込まれてもおかしくないし、…もしも、リネアにかすり傷一つでも付けられたら、わたしは自分を抑える自信ないから」
「あー…」
昨日の怒り狂った様子を思い出したパエラの顔が引きつる。
「だから、パエラにお願いしたいの。妲己からもパエラをお薦めされたし」
「妲己ちゃんが…?」
パエラは腕組みして少し考えると、にぱっと笑って頷いた。
「いいよ。あたしはフィルさまとリネアちゃんの護衛になる」
「それはありがたいけど、ほんとにいいの?」
意外にあっさり返事をしたパエラに、逆にフィルの方が心配になって尋ねる。
「うん、あたしはどうせ一人だし。…フィルさまの側にいたら、妲己ちゃんともまた会えるかな。会わせてくれる?」
「大丈夫、エリンとの稽古の時は妲己に代わるから、会えるよ。それに、今もわたしの中で話を聞いていると思うよ」
(どうしてそんなに懐かれたのかしら…?)
フィルには、少し照れたような妲己のつぶやきが聞こえた。
「…あの…この前は、すいませんでした」
パエラに続いて口を開いたシャウラは、少し恥ずかし気に俯きながらフィルとリネアに謝った。
さっき、フィルが狐耳を生やした姿を見てようやく気が付いた。リネアと一緒に店に来た狐人の兵士。闘技大会で妲己に話しかけられた時、どこかで見たことがあるようにも思ったが、人間の姿だったので気付けなかった。
「もう気にしないで。昨日はリネアを守ってくれてありがとう」
フィルは苦笑する。ちらりと振り向くとリネアも頷いていた。
シャウラは、ちらりと上目遣いにフィルを見ながら口を開く。
「フィル様、厚かましいお願いだとは思ってます。でも、あたいも…その、総督府で働かせてくれませんか」
「総督府で働きたいの?」
フィルは少し意外そうに聞き返す。
「はい。あたいはテミス様の配下で、警護役の一人でした。でも、テミス様が総督府で仕事をされるようになったので、警護がいらなくなって…」
フィルはちらりとテミスに視線を向けた。
「はい、総督府は第二軍団が警備していますから、警護役は必要ありません」
テミスは、そう言って口を閉じる。口添えしてやりたいところだが、それはできない。テミスはフィルに抜擢されて政務官になった。そのテミスが身内びいきで総督に口添えしたと思われたら、その反感はフィルに向かうかもしれない。シャウラには悪いが、自分自身でフィルの信用を勝ち取ってもらうしかない。そのために、闘技大会への出場を勧めたのだから。
「そう…シャウラは、何ができるの?」
フィルの問いかけに、シャウラは少し迷った。
正直に言ったらフィルに疎まれるかもしれない。でも、自分の特技を隠したままで雇ってもらえるはずもない。シャウラは、意を決して言った。
「あたいの特技は暗殺や闇討ちです。ラミア族は、生き物の体温が『見えます』。真っ暗な中でも確実に相手を捉え、毒や薬を使うことにも慣れています」
「暗殺…」
フィルが呟くように繰り返した。シャウラはフィルが嫌悪しているのだと思い、顔を俯かせる。
だが、フィルは、後ろに控えるテミスに尋ねた。
「テミス、シャウラをもらってもいいかな?」
「はい。フィル様が望まれるのでしたら、好きにお使い下さい」
テミスは澄ました表情で一礼する。
「ありがとう。シャウラにはパエラと一緒に、わたしとリネアの警護に就いて欲しい」
「あたいで、いいのかい?」
フィルの言葉にシャウラは驚き、口調が素に戻っている。
「もちろん。…もう二度も襲撃されてるとおり、わたしは帝国の誰かから、いつ暗殺者を送り込まれるかわからない。暗殺を防ぐには、その方法に詳しい人に頼むのが一番でしょう?パエラの糸とシャウラの目があれば、警備は万全じゃないかと思って」
フィルは、少し口角をつり上げた。
「それに、場合によっては返り討ちを頼むかも…?」
「お任せください…フィル様」
表情を引き締め、シャウラはフィルに頭を下げた。
「なぁ、姫さん。闘技大会の優勝者は総督に望みを聞いてもらえるって話だったんだが、本人が優勝した場合、どうなるんだ?」
ウェルスは、少しばかり恨めしそうな表情でフィルに尋ねた。
「妲己の望みをわたしが聞いてあげることになるのかな?」
フィルは疑問形で答える。正直、そのあたりのことは全く考えていなかった。
一応、妲己とフィルは別人格だが、外から見れば一人二役のようなものだ。賞品をぶらさげておいて主催者が優勝をかっ攫うのでは、茶番もいいところだろう。
「ウェルスは準優勝だけど、何か望みはある?」
内容によっては望みを叶えても良いかな、と思いつつ、フィルはウェルスに訊く。
「正直、総督がどんな人物なのか確かめてみたかった。そいつは一応、叶ったわけだが…余計に、姫さんの底が見えなくなった」
ウェルスは困ったように言う。
「わたしのことが、もっと知りたいの?」
フィルは、少し挑発的に笑う。
「ウェルス、それならあなたも、わたしの下で働いてくれない?」
「…姫さん、護衛はパエラとシャウラがいれば十分だろう。リネアの嬢ちゃんといい、魔族ばかりで周りを固めるのは、立場的にあまりよろしくないと思うぜ」
ウェルスは、少し渋い表情で言った。砕けた言動をしているくせに意外と真っ当な感覚を持っているのに、フィルは感心する。
「心配してくれてありがとう。でも、護衛じゃないわ。ウェルス、軍団長にならない?」
「はぁっ?!」
思わず間抜けな声が出た。
「今後は魔族にも兵役を課すことになるから、魔族で構成した軍団を新しく作ろうと思うの。その軍団長を任されてみない?」
フィルは真面目な表情で続ける。ウェルスをからかっているわけではない。本気で考えている構想だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が、軍団長?」
慌てたウェルスは、少し身を乗り出した。
「魔族で構成する軍団だから、軍団長は魔族をおいた方がいいと思うの」
フィルは、さも当然という表情で言う。
「それはそうかもしれないが、どうして俺なんだ。他にもいるだろう?」
「誰がいるの?」
苦し紛れの反論をフィルに打ち返され、ウェルスは返答に詰まる。
「ウェルス、観念なさい」
フィルの後ろからテミスが言った。その表情は少し楽しげだ。
「お嬢、こいつはお嬢の差し金か?」
「半分正解。私もフィル様に訊かれて適任だとは答えたけど、実際に戦った妲己様があなたを推したのよ」
「妲己が…」
ウェルスは意外そうにつぶやく。妲己との戦いは、正直、いいところ無しだったと思うが…。
「ウェルス。引き受けてくれないかな。実際に軍団ができあがるには時間がかかるから、まずは第一軍団のバルケスの下で、軍団の仕組みや統率の方法を学んでほしい」
フィルの紅い瞳が、じっとウェルスを見つめている。
「……姫さん、本当に俺でいいんだな?」
「もちろん」
「わかった。引き受けさせてもらう。姫さん、これからよろしく頼む」
ウェルスは姿勢を正すと、両手を握って床につき、フィルに頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。期待してる」
「妲己といい、あんまりな無茶振りは勘弁してくれよ」
照れくさそうに頭を掻きながら、ウェルスは苦笑いを浮かべた。
「ゴルガム…でいいかな?」
フィルは、黙っているキュクロプスに話しかけた。
…こくり、とゴルガムは頷く。
「あなたは、わたしに聞きたいことや叶えてほしいことはないの?」
ゴルガムは大きな一つ目をフィルに向ける。…しゃべれないってわけじゃないわよね…フィルが少し不安に思った時、ゴルガムがようやく口を開いた。
「姫様…、お願いがある」
あー、ウェルスの『姫さん』が感染ったか…と、フィルは微妙な表情になったが、次の言葉は思いがけないものだった。
「セイレーンたちを助けてほしい」
「えっ?」
フィルも二の句が継げなかった。
「セイレーンたちが苦しんでる。助けてほしい」
ゴルガムはもう一度繰り返す。
「この街に、セイレーンがいるの?!」
数瞬遅れて、ようやく理解が追いついたフィルは、慌てて聞き返した。
セイレーンは本来、海に住む魔族のはずだ。大河ホルムスを下れば海まではさほど遠くないとはいえ、サエイレムにセイレーンが住んでいるとは知らなかった。
「海から逃げてきたセイレーンの姉妹が運河にいる。でも、水が汚れていて、まだ小さい妹が具合悪い…」
「…もしかして、港の工事のせい?」
フィルの表情が曇る。
「それもある。けど、姫様のせいじゃない。運河を汚しているのは俺たち」
ゴルガムは、申し訳なさそうに俯く。
サエイレムの運河は、サエイレム港から街の中まで小舟で荷物を運べるように作られた水路だ。
ゴルガムの話では、運河の先が行き止まりになっているため、水が入れ替わらず淀みがちな上、日常的に街の生活排水が流れ込み、ひとたび雨が降れば路上のゴミや汚れも雨水とともに運河に落ちる。
セイレーンたちは、比較的水がきれいだった港の近くを住処にしていたが、港の工事が始まってから水の濁りが酷くなって、行き場を無くしているという。
「本当は俺たちが何とかしないといけない。でも、どうしたらいいかわからない。姫様、助けてほしい」
訥々と訴えるゴルガムに、フィルは微笑みかけた。
「知らせてくれてありがとう」
そして、少しテミスを振り返り『どんな状況か、すぐに確認させて』と小声で囁いた。軽く頭を下げたテミスは、静かに部屋を出て行く。
「ゴルガム、セイレーンたちと知り合いなら伝えて欲しい。苦しい思いをさせて申し訳ない、急いで何とかするから、もう少しだけ我慢してほしい、と」
フィルは、ゴルガムに頭を下げた。
「姫様が謝ることない」
慌ててゴルガムは首を振る。
「けど、セイレーンたちには、姫様の言葉、ちゃんと伝える。…ありがとう」
「まだ、何もしていないけど……できる限りのことはすると約束します」
フィルは、ゴルガムを安心させるように微笑んだ。
次回予定「セイレーンたちへの謝罪」




