攻城弩砲(バリスタ) 3
強力な武器であるバリスタを前にした、シェシは…
製作されたバリスタの数は全部で10基。台座には車輪が付いており、馬車のように馬に引かせて移動できるようになっている。それは後の世で言うなら野戦重砲のようなものであった。
メリシャが砦の奥に行ってみると、ちょうど森を抜けてきた一団が次々と砦の中に入ってくるところだった。バリスタ10基全てと、専用の「矢」を積んだ荷車が3台。ずらりと並んだ姿はなかなかの威容だ。
だが、メリシャの後ろをついていくシェシの心の中では、居並ぶ新兵器に対し、頼もしく感じる気持ちと、怖いと感じる気持ちがせめぎ合っていた。
数日前、王城で行われたバリスタの試射を見たシェシは、その威力に衝撃を受けた。
バリスタから発射されたのは、先端に青銅の鏃を付けた大きな矢。バンッと何かを叩くような大きな音と共に発射された槍は、標的になった丸太の柱を抉り取るように真っ二つにし、更にその後ろの城壁に食い込んで止まった。
一緒に見ていた部族長や戦士たちは、その威力に驚き、歓声を上げていたが、もしもこれが人に当たったらと考えると怖くて、シェシは思わず、隣にいたメリシャの手を強く握ってしまった。
「シェシ、怖い?」
顔を上げると、メリシャがシェシを見つめていた。
「えと…あの…」
シェシは答えに困り、俯いてしまう。
大軍勢で押し寄せるメネス軍に勝つために、このバリスタが大きな力になることはわかっている。これから、ヒクソスはメネスと戦争をするのだ。それを考えたら、怖いなんて言ってはいけない気がした。
「そりゃ、あの威力を見たら怖いよね。仕方ないよ。ボクだって、最初は怖かったもん」
隠す様子もなく言ったメリシャに、思わずシェシは顔を上げる。
「メリシャ様も、ですか?」
「バリスタの攻撃を受けた死体を初めて見た時は、思いっきり吐いちゃった」
少し恥ずかしそうに、メリシャは言う。
確か、あれはメリシャが20歳になったばかりの頃、まだフィルがサエイレム専制公と名乗っていた時代だった。
詳しい経緯は忘れてしまったが、北方から見知らぬ民族がアルゴス領に攻め込んできて、それをフィル率いるエルフォリア軍が迎え討った。まだバルケスもエリンも、ウェルスも現役で、ボクはいい機会だからと、フィルの側で見学していたんだっけ…。
相手は統率もとれていない、蛮族と言ってもいい連中だった。大柄な人間族なのか小柄な巨人族なのかは判然としなかったが、身長が3mに近い巨躯に、手には切れ味など期待できそうもない斧や大剣を手にしていた。
アルゴス族から相手の情報を得ていたフィルは、ハルピュイアたちを使って偵察をこまめに行って、逃げ場のない谷間を戦場に選び、そこに移動式のバリスタを配備した。
開戦と共に、狭い谷間を密集して突撃してくる蛮族の群れに向かって、20門のバリスタが一斉に初弾を放った。鉄の鏃を装着した巨大な矢は、蛮族たちのもとに到達するとその分厚い胸板をいともたやすく貫いた。1人、2人と貫通した矢は、3人目か4人目まで串刺しにして、ようやく勢いを失ったが、その威力にはさしもの蛮族たちも思わず突撃の足を緩めてしまう。
その大きさ故に、バリスタの次発装填にはやや時間がかかるが、相手が警戒して突撃の速度が落ちたため、慌てることなく装填を終え、次々に第二射が放たれる。
バリスタの威力に恐怖し、完全に蛮族たちの前進が止まったところに、エリンが指揮する重騎兵部隊が突撃した。相手が侵略してきた側でエルフォリア軍は防衛側なのだが、その戦力差は圧倒的で、戦況はもはや一方的な虐殺と言っても良い様相を見せる。
血しぶきと蛮族たちの頭や手足が次々に宙を舞い、勝敗はものの半日とたたないうちについた。そして蛮族たちは、慌てて北へと逃げ去っていき、それ以来、二度とサエイレムの領内に姿を見せることはなかった。
戦いが終わり、メリシャはフィルとともに戦場の視察に向かった。
馬を操るフィルの後ろに乗せてもらい、退却の準備を始めた味方兵たちの間を抜けていくと、どす黒く染まった地面が現れた。屹立する岩壁に挟まれた谷底には、血と泥で汚れた人間のパーツが何百と転がっていて、生臭い血の匂いや排泄物のような匂いが立ち込めている。
バリスタの矢が命中した者の身体は、その衝撃によって一部が爆砕されたように抉られており、ズタズタになった傷口からどろりと内臓がこぼれ出していた。
メリシャは、その光景と匂いにショックを受け、堪えきれずフィルの背中に盛大に吐いてしまったのである。
そんな話をするメリシャたちの目の前で、輸送隊を率いてきた軍団の兵たちが、早速バリスタの設置を始めていた。
次回予定「攻城弩砲 4」




