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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 メネス戦役
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攻城弩砲(バリスタ) 1

別動隊が全滅したことを知らない、メネス軍本隊は…

「砦だと?」

「はっ。斥候からの知らせでは、アヴァリスへの街道を塞ぐように、丸太を並べた砦が造られているとのことです」

 幕僚のひとりが上げてきた報告に、アイヘブは小さく唸って口を曲げた。


 これまで、ヒクソスとの戦ではこんなことはなかった。

 町や村であれば簡単な柵や塀で守られていることもあったが、何も無かった場所にわざわざ新たに砦を築いて待ち受けるなど、個人の武技を尊ぶヒクソスの戦い方から大きくズレている。


 そもそも、新たに即位したというメリシャという王が若い女性で、しかもヒクソスの民ではないということ自体、これまでのヒクソスでは考えられぬこと。

 自分たちの知らない何か大きな変化がヒクソスで起こったのは間違いない。

 

 しかも、先だってのメンフィス訪問の際、メリシャ王に従っていたフィルと名乗る側近の一人は、模擬戦でメネスの幕僚たちを上回る用兵を披露してみせた。しかも、ヒクソスの戦士とは違うメネスの兵たちを使ってだ。


 机上の知識だけでなく、将として大軍を率いて戦った経験を持つ者でなければ、ああはいかない。こちらがいかに大軍と言えど、舐めてかかれば痛い目を見ることになるかもしれぬ。

 

「引き続き、その砦がどのようなものか探らせよ」

「ははっ!」

 幕僚が下がると、アイヘブは軽くため息をついた。


「気になりますか?」

 側に控えていた副官のカシルがアイヘブに尋ねた。


「うむ。ちと厄介かもしれん。予定どおり、別動隊がさっさとアヴァリスを落としてくれればいいのだが」

「ケレス宰相にも困ったものです。せめてもうひとつき早く出陣できていれば…」

「ファラオも同意されたことだ。仕方あるまい」

「はっ」

 たしなめてはいるものの、アイヘブの心中もカシルと同様だ。


 カシルが言うのは、メネス軍に残された時間が少ないことである。

 ヒクソスへの侵攻が決まったのは今からおよそふたつき前。大河イテルの洪水が始まって少し後の頃だった。


 だが、1万の軍を侵攻させるとなれば、当然ながら相応の準備期間がいる。武器兵糧の準備はもちろん、農民を徴兵して兵力を確保したため、最低限の訓練期間も必要だった。

 本隊8千の兵力のうち4千は、農民から集めた徴用兵だ。突貫で準備と訓練を進めたものの、やはりひとつきはんほどの時間がかかり、ようやくメンフィスを出陣したのが10日ほど前のことだ。


 大河イテルの洪水期間は、例年どおりであれば、おおよそ3ヶ月ほどである。

 今は、最も水位が高い時期にさしかかっており、おそらくあと1ヶ月もせずに大河イテルの洪水は終わってしまう。

 そして、それがメネス軍が侵攻を続けられるタイムリミットでもあった。


 洪水が終わって水が引けば、次の農期が始まる。徴用している農民を農地に帰さなくては、翌年の収穫量に大きな影響が出てしまうからだ。


 農産物の収穫量が大きく減ってしまうことになれば、税収の落ち込みはもとより、食料価格が高騰し、国民の不満が募ることになる。

 ただでさえ、塩をはじめとするヒクソスからの産品が値上がりしたことで民の不満は燻っており、今回の侵攻もそれが切っ掛けだというのに、それをさらに悪化させる訳にはいかない。


 この侵攻がうまくいくかは、いかに早く別動隊がアヴァリスを制圧できるかにかかっているのだが、別動隊の指揮官たちはケレス宰相の息が掛かっている者ばかり。それがアイヘブ将軍にとっては不満であり、不安でもあった。


 別動隊が首尾良くアヴァリスを落としたとしても、ヒクソス軍はそれで簡単に降伏したりはしないだろう。自暴自棄でこちらに突撃してくれれば、さほど時間をかけずに打ち破れるだろうが、引き返してアヴァリスの奪還に向かった場合には、直ちに追撃に移らなくてはならない。


 そのため、別動隊に呼応して動けるように準備が必要なのだが、奇襲作戦であることを理由に、アイヘブにも別動隊の行動は詳しく知らされていなかった。

次回予定「攻城弩砲バリスタ 2」

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