ふたりきりの殲滅戦 3
目標、メネス軍別動隊。…発射準備、完了。
ティフォンの目には、金色に光を放つ九尾の姿が見えていた。
足元を流れる地脈から吸い上げた力を体内で圧縮しながら、後足の爪をしっかりと地面に食い込ませ、反動に備えて尻尾も地面に押し付ける。
力の高まりにつれて、ティフォンの巨体もまた、淡い金色に発光し始めていた。
やがて、青白い狐火が船団を照らし出すのが見えた。あれが標的だ。ゆっくりと身を屈め、水面近くまで頭の位置を下げる。
船団の真上にいた九尾の姿が夜空へと消えるのを見届け、ティフォンはその巨大な顎を一杯に開いた。
鋭い歯が並ぶ顎の奥に真っ白な光球が生まれ、ティフォンの中に蓄えられていた力が、光球へと流し込まれる。それにつれて光球は膨張し、バチバチと放電を始めた。
(フィル様、いきます!)
(撃って!)
瞬間、甲高い咆哮が上がった。
ティフォンの顎の中で光球が弾け、眩しく輝く白い光の槍に姿を変えて撃ち出される。
それは青白い雷光をまとい、大河イテルの水面を抉り凹ませながら一直線に伸びた。
ティフォンがブレスを吐いた時間は、ほんの数秒にも満たなかったが、光の槍はメネス軍の船団を丸ごと飲み込み、そのままの勢いで遥か彼方まで昼間のように白く照らし出す。
かつてヴェスヴィアス山を吹き飛ばした時よりは抑えてはいるが、その火力は絶大の一言に尽きた。
正面からティフォンのブレスを浴びたメネス軍の船団は、真っ白な光に塗りつぶされた。
船上にいたメネス軍の将兵たちは、自分達の方に向かってくる光の槍を目の当たりにしたが、彼らの誰一人として、何が起こったのか、自らの命が絶たれたことさえ、理解した者はいなかった。
燃えるでも、砕けるでもなく、船も、人も、大河の水面まで、ブレスの射線上にあった全てが、瞬時にして溶けて、蒸発した。後には塵一つ残らない、文字通りの消滅であった。
もうもうたる水蒸気に覆われながら、ティフォンがゆっくりと顎を閉じると、辺りは再び夜の闇に包まれる。大河イテルの水面も、何事もなかったように静かな流れを取り戻していた。
やがて、どこからともなくふわりと金色の光が船団のいた場所に降り立ち、そのままティフォンの方へと戻って来た。もちろん九尾である。
狐人の姿に戻ったフィルが地面に降り立つと同時に、ティフォンの巨体も消え失せ、リネアがフィルに駆け寄った。
「リネア、大丈夫?」
「はい。私は平気です。それよりも、あれで良かったでしょうか…?」
「十分だよ。きれいさっぱり、何一つ残らずに消えてた。…たぶん、苦痛を感じる間もなかったと思う」
ふたりは大河の流れに向かって、胸の前に両手を組んで目を閉じ、短く祈りを捧げる。
敵とは言え、たった今消し去った2千人に対する、せめても礼儀だった。
「…終わったのかにゃ?」
ふたりが神殿に戻ると、深夜にも関わらずテトと神殿長シノアが待っていた。
「えぇ…」
頷いたフィルに、テトは手にしたシストルムをかざした。
フィルの胸の前でシャンシャンと軽く振り、続いてリネアにも同じようにした。澄んだシストルムの音色に、なんとなく気持ちが軽くなった気がした。
「気休めだにゃ」
「ありがとう、テト」
フィルがテトの頭を撫でてやると、テトも気持ちよさそうに目を細めた。
アヴァリスを奇襲するはずだったメネス軍の別動隊は、ここに忽然と消えた。
伝令もなく、戻って来た者もなく、彼らの最期の手掛かりになるものは何一つなかった。
まるで、はじめから何も存在しなかったかのように。
別動隊がもたらすはずだったアヴァリス陥落の知らせを待つ、アルシャキア平原のメネス軍本隊、そしてそれを率いる将軍アイヘブは、この事態にひどく困惑することになる。
次回予定「攻城弩砲 1」




