森の砦 3
ヒクソス軍の仕掛けは、森の中にも…
「大丈夫だよ。ちゃんと勝てるから、安心しなさい」
フィルは、涙目で見つめるフルリに笑いかける。
「本当に、勝てるでやすか?」
「もちろん。そのために、色々細工してるんじゃない。…さ、奥はどうなっているの?」
「へい。こっちでやす」
フルリの後ろに続いて、街道を進んでいく。
人の気配に気づいて森の中に目をやると、数人の兵が木の上で作業しているのが見えた。
彼らが作っていたのは、木と木の間を結ぶように張り巡らされた吊り橋である。地上からおおむね5mほどのところに張った左右2本の親綱から、縄梯子状の床板を吊り下げる構造で、床板の幅は30cmほどしかない。だが、元々身軽さが身上のヒクソスであれば、これを伝って地上に降りなくても森の中を自由に、素早く行き来できる。
それに、所々にある大木には、見張りや攻撃の拠点として使えるよう、幹を囲むように張り出したテラス状の足場が設けられていた。
さらに、森の中を通る街道自体にも罠が仕掛けられていた。本来の街道はしばらく直進したあとで左方向へ曲がっていくのだが、そちらは周りの森から伐り出した木々で隠されていて、そのまま、まっすぐ先に延びる偽の街道が伸びていた。
偽街道は緩やかな蛇行を繰り返して方向感覚を狂わせ、しばらく進んだところで行き止まりになる。おかしいと思った時には、既に森の中に迷い込んでいるという寸法だ。
「ペルバストまで街道を整備した経験が役に立ったわね」
本来の街道よりむしろ立派に見える偽街道に、フィルは感心したようにつぶやく。これなら、怪しむことなく騙されてくれるだろう。…メネス軍を迎え撃つための舞台は、着々と準備されていた。
「フィルの姐御、こんな仕掛けで、勝てるんでやすか?これまで、部族の戦士たちはメネスに勝てなかったんでやすよね?」
ん?と一瞬首を傾げたフィルは、すぐに納得した。どうやらフルリは、メネスの兵士は部族の戦士よりも強いと思っているらしい。戦士として弱かったから負けた。それなのに、森に誘い込んだくらいで勝てるのか、と。
「…今までは、戦士が弱かったんじゃなくて、戦い方を知らなかったんだよ」
「戦い方、でやすか?」
こてりと首を傾げるフルリの顔を見て、たぶん剣術とか弓術とか、そういう「戦い方」を想像しているんだろうなぁ、とフィルは思った。
「フルリは、戦い方って言うと、どういうものだと思う?」
「あっしが妲己様から教わっているようなことではねぇんでしょうか?」
「それも戦い方だけど、わたしが言ってるのはそういうことじゃないの。戦争は、一人一人が強くても、それだけじゃ勝てないんだよ」
「……?」
今一つわかっていない様子のフルリに、フィルはクスリと笑う。
「お行儀よく剣術磨いて一騎打ちがしたいなら、闘技場で試合すればいいの。…戦争なんてね、汚い、卑怯だと言われたって勝たないと意味がないのよ。夜襲や奇襲はもちろんだし、逃げられない場所に誘い込んでから矢の雨を降らせていもいい。…戦争をする以上、どんな手を使ってでも勝たなければ、国を守れないからね」
奇襲や調略も作戦のうち。正々堂々、正面からのぶつかり合いで雌雄を決せん…で済む戦争なんて、英雄叙事詩の中だけだ…と、フィルは内心続ける。
「姐御…」
「えっ?!ちょっ、フルリ、どうして泣いてるの?!」
フルリの声が震えているのに気付いて振り返ると、フルリがポロポロと涙を零していた。
「姐御は、そうやって国を守ってきたんでやすね…卑怯者呼ばわりされても、どれだけ憎まれても、恨まれるようなことをしても、非情にならないといけなかったんでやすね…」
「いや…さすがに、そこまで恨みを買ったつもりはないんだけど…」
どうやら、フィルがそうやって一人で泥を被って国を守ってきたと同情してくれたらしい……確かにサエイレムを守るためには色々やったけど、割と好き放題やっていただけのような気もするので、そこまで同情されると逆にフルリを騙してるように気になってしまう。
「大丈夫だから。わたしは気にしてないから…ね?ね?…泣かないでよ」
泣きじゃくるフルリの扱いに困り、フィルは途方に暮れて空を仰いだ。
次回予定「開戦の前触れ 1」
※誤字の連絡ありがとうございました。




