ハトラの使い 5
メネス軍の再侵攻が始まる?!
「メネスの兵にだって、家族や友人がいる。いくら戦争でも、自分の大事な人が殺されたら、その相手と仲良くしたいと思う?…メネスの民に、ヒクソス憎し、ヒクソス討つべし、という感情が高まり過ぎて、批判の矛先がヒクソスに向いてしまったらマズいのよ」
「なるほど…申し訳ありません。考えが足りませんでした」
「とにかく、侵攻まで1ヶ月しかない。準備と並行して作戦を考えなくちゃ…」
フィルが訓練している直轄軍団の規模も、元バステト神官たちや志願兵を募って拡大しているとは言え兵力はまだ2千に満たない。それで約5倍の敵に完勝してみせろとは、なかなかに無茶を言う。
直轄軍団以外の兵力としては、各部族の戦士がいる。各部族の戦士を動員して兵力を一時的に増やす手もあるが、フィルはその選択を最初から排除していた。フィルの訓練で集団戦を身に着けつつある直轄軍団とは違い、各部族の戦士はこれまでと変わらず、個人の功を求めて全体の作戦や命令を無視する傾向が強い。いざ戦場で好き勝手に動かれ、作戦の邪魔をされてはたまったものではない。
「メリシャ、今回の戦、わたしの直轄軍団だけで戦うわ。少数の観戦武官なら受け入れるけど、各部族からの出兵は無し。各部族長への抑えはメリシャとサリティスにお願いしていい?ウゼル、シェプトにも協力を頼みなさい」
フィルはメリシャとサリティスが頷くのを見て、アミンに目を向けた。
「アミン、頼みたいことがあるの。できたらこの戦いが終わるまで、ヒクソスにいてくれないかな。もちろん、身の安全と衣食住は保証するわ」
「はぁ…どういうことでしょうか?」
フィルの申し出に、アミンは困惑した表情を浮べる。手紙を届けるよう命じられた時、正直、生きて帰れない覚悟もしてきた。だから、手紙を届けた後のことは考えていなかった。
「アミンは文官なのよね。…正直、ヒクソスには、きちんと仕事のできる文官が少ないの。今、育成している最中なんだけど、軍を動かすとなると手が足りなくてね……宰相補佐に任命するから、アミンにも仕事を手伝ってほしいんだけど」
前回、ペルバストに向けて軍団を動かした時も、時間がなかったこともあり物資の調達や輸送の手配にとても苦労した。フィルが九尾の姿で現場と王城を何度も行き来して文官たちに指示を出し、ようやく対応が間に合った。
できれば、いちいち指示を出さなくても仕事を進めてくれる人材が欲しいと思っていたところだ。
「そんな…何を仰っているのですか。メネス軍が侵攻してくるのですよ!」
思わずアミンは反論していた。フィルの申し出は、侵攻を前にして言う事ではないように思えた。軍事には素人のアミンでも、メネスの兵力が圧倒的に優勢なのはわかる。今度は、前回のような威圧ではない。本気の侵攻だ。それなのに、文官の仕事なんて悠長な事を…
「大丈夫だよ。アヴァリスはちゃんと守るし、アミンを危険な目には遭わせないから」
「そういうことじゃありません!」
声を大きくするアミンに、フィルは微笑んで言った。
「ハトラの計画のためにはヒクソスに勝ってもらわないと困るのに…どうしてもっと真剣に戦のことを考えてくれないのか、…ってとこかな?」
「…っ!」
心の声を言い当てられ、アミンは押し黙る。
「心配しないで。メネスに負ける気はないよ。また属国にされるのは御免だし、せっかく国の建て直しが進んできたところを邪魔されたくもない。そのために、アミンにも力を貸してほしい」
笑みを消し、諭すように言うフィルに、アミンは固い表情で俯いていたが、やがて小さく息をついた。
「わかりました、フィル様。ご依頼の件、お引き受けします」
「ありがとう。それじゃ、まずはお風呂で身体を綺麗にして、それから食事かな」
食事と聞いたアミンのお腹が、くぅ…と小さく音を立てた。
次回予定「深夜の密談 1」




