闘技大会 決勝
2話投稿 2話目
アリーナの中央で向かい合う妲己を、ウェルスはとても嫌そうな表情で見つめていた。
「何よ。その顔は」
その表情に気が付き、不満そうに妲己が言う。
「いや…色々考えたんだが、どうにもおまえさん相手じゃ勝ち筋が見えなくてな」
「へぇ。もっと単純かと思っていたけど、なかなか冷静なのね」
にやっと妲己が笑う。バカにしたのではない。妲己との力量の差を、ウェルスが戦う前に察していたことに感心したのだ。
おそらくウェルスはこれまでの妲己の戦いぶりを思い出し、弱点や癖がないか、どうやればそれを突けるのか、考えたのだろう。だが、どう考えても勝てると思えない、勝つ方法がない、そういう結論に達した。相手の力量を冷静に計れるのは、重要な資質だ。
「一応、一族を率いる立場なもんでな。テミスのお嬢には敵わねぇが、それなりには頭も使うようにしてるんだぜ」
「なるほどね。でも、いきなり降参じゃ観客も納得しないでしょう。稽古つけてあげるから、思いっきりかかってきなさいな」
「わかった。遠慮なくそうさせてもらう。油断したらその首もらうぜ」
「できるものならやってみなさい…さぁ、始めましょうか」
観客を楽しませるのも、主催者の仕事だからね…内心、妲己はつぶやいて大刀を構えた。ウェルスも背中の鞘から両手持ちの大剣を抜き放つ。
試合開始のドラムが鳴った。
「…うらぁっ!」
先制攻撃を仕掛けたのは、ウェルスだった。振り被った大剣を妲己の頭上に叩きつける。
「っ!」
妲己は攻撃を大刀で受け止め、刀身を斜め下に向けて太刀筋をずらす。そして、反対に持ち上がった大刀の柄をウェルスの側頭部へと打ち込む。
「っと、危ねぇ!」
ウェルスは、咄嗟にその場に身を伏せるが、そこには妲己の左足が待っていた。ゴツッと鈍い音がして、妲己の回し蹴りを受けたウェルスが、呆気なく地面に転がる。
「くそっ、剣だけじゃなくて体術も有りかよ!しかも、その身体で俺を吹っ飛ばすか、普通?!」
素早く体を起こしたウェルスが毒づく。小柄な妲己が圧倒的に体格が大きいウェルスを軽々と蹴り飛ばす姿は、見る者に違和感すら感じさせる。
「妾が普通だったら、決勝戦まで残ってないわよ?」
「そりゃそうだが…見た目詐欺もいいところだ」
妲己は、涼しい顔で口元に笑みを浮かべている。
「アラクネやケンタウロス相手に体術は使えなかったけど、狼人相手なら大丈夫ね」
「嬉しくねぇ…」
ウェルスは苦虫を口いっぱいに頬張って咀嚼したような顔をしている。
「どう?武器なしで戦ってみる?」
「わかった。いいぜ」
それでも妲己相手にどこまでやれるかわからないが、狼人族の本来の戦い方は素手だ。ウェルスは大剣を鞘におさめると、身体から外して地面に置く。妲己も、大刀を足元に置いた。
「行くよ!」
言うが早いか、妲己は一瞬で間合いを詰めてウェルスの腹に掌底打ちを放つ。ウェルスは攻撃を避けることなく、妲己の攻撃を受け止める瞬間に右膝を妲己の脇腹に叩きこんでいた。掌底の重い衝撃に一歩後ずさるが、踏み止まる。妲己が蹴りを受けて体勢を崩したおかげで、ダメージを軽減できた。
「かはっ!」
妲己の方は、蹴りの衝撃で横に倒れるとコロコロと二回転して止まった。だが、すぐに脇腹をさすりながらむくりと身を起こす。
「ったく、痛いわね。フィルの身体に傷でも残ったら困るじゃないの…」
妲己は、ぶつくさ呟きながらウェルスを睨んだ。
ウェルスは、無言で拳を固める。今のは割と本気の蹴りだった。狼人の膝蹴りを食らえば、人間なら大人の男でも内臓の一つや二つやられ、運が悪ければ死んでもおかしくない。それを『痛い』で済ますのか、このお嬢ちゃんは…ウェルスはごくりと喉を鳴らす。
「っらぁ!」
ウェルスは、妲己に殴りかかった。狼人の筋力で繰り出される拳を、妲己は、軽くはたくだけで弾いていく。一見、ウェルスが押しているように見えるが、妲己の身のこなしは全く乱れない。完全にあしらわれている。
焦れてきたウェルスが放った蹴りを妲己は左腕だけで受け止めてみせた。そして、素早くウェルスの懐に飛び込み、再び掌底をウェルスの腹にめり込ませる。さっきよりも格段に重い衝撃に、内臓を吐いてしまうかと思うほどだ。
「がっ!」
「さっきのお返しよ」
一撃入れた後、妲己はタンッと軽く跳んで後に下がり、にやっと笑う。ウェルスは腹を抱えてその場に蹲っている。
「くぅ…この馬鹿力め」
なんとか立ち上がったウェルスは妲己と向き合う。
「まだやれる?」
「手加減してるくせに、よく言うぜ。さっきので気絶させることもできただろう?」
「まぁね。でも、そろそろ終わりにしましょうか」
妲己は力を抜き、隙だらけの姿で立っている。攻撃を誘っているのは見え見えだった。
「何をするつもりか知らないが、のってやるさ!」
ウェルスは、全力の跳躍で妲己に肉薄した。せめてもう一撃…ウェルスは妲己の眼前に着地すると、そのままの勢いで思いきり拳を突き込んだ。
瞬間、妲己の姿が消えた。
「…っ?!」
突き出した腕が軽く掴まれ、小さな背中にウェルスの身体がふわりと持ち上げられる。背中に衝撃を受けた時、視界は一面の空。ウェルスは地面に仰向けに倒れていた。
妲己に投げ飛ばされたと気がついたのは、数瞬後だった。慌てて起き上がった瞬間、背中に温もりを感じてウェルスは動きを止める。
上半身だけを起こしたウェルスに、後ろから抱きつくように妲己が貼り付いていた。その手には、ウェルスのベルトから引き抜いたナイフが握られ、喉元につきつけられている。
「ふふっ、どうかしら。妾に抱きしめられる感触は?」
「…いいわけあるか!」
耳元で囁かれ、ウェルスは呻くように言った。いつでも喉を掻き切れる体勢で言われても怖いだけだ。
「あら残念。じゃ、そろそろいいかしら」
「わかったよ…、俺の負けだ」
試合終了のドラムが鳴り、優勝者が決定した。観客席からは大きな歓声が上がり、わんわんと闘技場に反響する。
妲己はナイフを持ち替え、柄の方をウェルスに向けて差し出した。そして、立ち上がったウェルスを見上げて微笑む。
「あんた、強いな。帝国軍には、あんたみたいな強い奴らがたくさんいるのか?」
「え?…あぁ、違う違う。こんな格好してるけど、妾は帝国兵じゃないわ。後で正体明かすから、もう少し待ってて」
楽しそうに笑った妲己だったが、瞬間、身体がピクッと震え、笑みが消える。
「ウェルス。武器を拾って、いつでも戦えるようにしておきなさい」
妲己は小声で言った。
「どういうことだ」
「今、どこかで微かに獣の声がした…」
妲己は、さりげなく周りに視線を送りながら大刀を拾い上げた。ウェルスも大剣を背負い、ベルトで身体に固定しながら辺りに気を配る。
会場に閉会の式典を案内する声が響き、決勝までに敗退した者も含めて本戦の参加者たち全員がアリーナへと集められた。
次回予定「魔獣の襲撃」




