ハトラの使い 2
ヒクソスにメネスからの来訪者が…
サリティスの言うとおり、メリシャたちが召喚儀式で呼ばれた異世界の神族だということは、別に秘密にしてはいない。だから、ヒクソスの後ろにいる大国など存在しない。
だが、それが事実であったとしても、異世界の神族を召喚したなど、にわかに信じられる話ではなかった。メネスの王政府に報告したとしても、偽情報を掴まされたと叱責されるのがオチだ。
…本当のことだからこそ、いくら探ってもそれ以外の情報が出てこない。メネスにしてみれば、巧妙に隠蔽されていると疑心暗鬼になるというわけだ。
「メリシャ、ちょっと相談があるんだけど」
声とともに執務室に入って来たのは、フィルだった。
「これはフィル様、お疲れ様です」
「サリティスも、お疲れ様。メリシャを支えてくれて、ありがとうね」
「いいえ、当然のことです」
にこりと笑うフィルに、サリティスは深く頭を下げる。
「では、私はこれにて…」
「あ、ちょっと待って。サリティスにも聞いて欲しいから」
「はい…」
気をきかせて退出しようとするサリティスを、フィルが呼び止めた。
「フィル、相談って何?」
メリシャは、手にしていた書類を片付ける。サリティスを同席させるということは、個人的な話ではないということだ。
「ついさっき、メネスから来た人間を警備兵が捕まえたんだけど、その人間が、自分はハトラの使いで、メリシャやわたしに会うために来たって言ってるらしいの。…で、どうするか相談しに来たんだけど」
メネスからの商船が着く港は、フィルが訓練している軍団の兵士たちが警備している。
一応、敵対していないとは言え、ヒクソスの中にはメネスの人間を憎む者も多い…というか、大半の者は憎んでいるが、今は生活の建て直しに忙しく、それどころではないだけだ。しかし、一部にメネスの人間への復讐を企てる者が出てもおかしくはない。
さすがに、国としてはメネスの人間が滞在している間の安全は保証しなければならないため、メリシャは港の一部を水堀で囲って島状にし、そこをメネスの人間が一時滞在する居留地にした。商取引もそこで行われ、メネスの人間は特別な許可がない限りそこから出ることはできない。同様にヒクソスの者も許可なく居留地には入れない。
「…港から町へ出る門を通ろうしたところを捕まったらしいわ」
フィルの声には若干の呆れが混じっていた。ハトラは、王太子ホルエムの元乳母で巫女長ネフェルの母、自身も魔術師であり、ウナス王の側近を務める王国の高官だ。
「せめて荷の中に隠れるとかすればいいのに、こそこそと門番の目を盗んで飛び出そうとしたんだって」
そんな間抜けな捕まり方をする者が、本当にあのハトラの使いなのだろうか。いや逆に、そのあからさまに怪しい様子はまるで……
「それって、わざと?」
「たぶんね」
フィルも頷く。わざわざ居留地を作って隔離しているのに、その出入りが監視されていないはずがない。本当に見つからずに町に入り込みたいなら、夜を待って川を泳いで抜け出すなり、もっと他にやりようがあったはずだ。
わざと捕まったのだとしたら、その意図は何だ?
「それなら、会ってみようよ」
「お待ちください。そのような怪しい者に会おうなどと…」
「メリシャ、どうしてそう思うの?」
サリティスは苦言を、フィルは質問を口にする。
「その人間がもしもメネスの間者とかなら、わざと捕まるはずはないよね。だって情報を集めなきゃいけないのに、捕まっちゃったら意味ないし」
メリシャは、そこで一旦言葉を切る。フィルからの反論がないのを見て、再び口を開く。
「それに、使者だっていうのが方便なら、ハトラよりも王太子のホルエムの名前を出した方が確実だし、ハトラの使いだっていうのは、本当なんじゃないかな」
ハトラは高官ではあるが、どちらかと言えば裏方の立場だ。表の外交儀礼にはほとんど出て来ない。だから、知り合う機会があったメリシャたちはともかく、ヒクソスの中でハトラを知る者はほとんどいないのだ。
「なるほど…確かにそうですな」
「わたしもそう思う。…その人間を、すぐに王城に連れて来させるから、一緒に話を聞こうか?」
「うん、お願い」
「じゃ、後でね」
フィルが退室し、サリティスが残った。
次回予定「ハトラの使い 3」




