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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第3章 メネス戦役
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塩の町にて 3

海への町での塩づくり見学。

「この底に溜まっているのが、塩なのですか?」

 シェシの質問に、カフルは口元に笑みを浮かべて答える。


「いいえ、シェシ殿。これは塩ではなく石膏のようなものです。海の水には塩以外にもいろいろなものが入っているのです」

「そうなのですね…」

 興味深そうに池をのぞきこむシェシ。メリシャはその肩に軽く手を掛けた。


「シェシ、気を付けて。あんまり乗り出すと落ちちゃうよ」

「あ、すみません」

「でも、自分から興味をもつのは良いことだよ。塩作りはヒクソスにとってすごく大事だから、よく勉強しておこうね」

「はい、ありがとうございます。メリシャ様」

 少し照れたような表情を浮べ、シェシはメリシャを見上げた。


 蒸発池に入った海水はそのまま半月ほど置いて水分を蒸発させ、その後に3段目の結晶池に流し込まれる。結晶池は、池というよりも平坦な土地の周囲を低い土手で囲ったようなもので、その中に薄い水膜が張られていた。

「うにゃっ!」

 悲鳴のような声に振り向くと、テトが顔をしかめてぺっぺっと地面に唾を吐いていた。どうやら結晶地の水を舐めたらしい。


「テト様、何でも口に入れてはいけませんよ。…はい、お水です」

 リネアが、どこかから取り出した水の入ったカップを渡すと、テトはそれを一気に飲み干してようやくを息をついた。

「あぅ…しょっぱかったにゃ」


「結晶池の水は、水が減ってかなりの濃さになっておりますからな。とても飲めるものではありません」

 笑いながら説明するカフルを、テトは恨めしそうに見ていたが、一応、自分が悪いと思ったのか文句は口にしなかった。


「こちらをご覧ください」

 カフルは、結晶地の隅の一画に一行を案内する。そこには、水の中に白い半透明の結晶ができつつあった。カフルはしゃがんで手を水の中に入れると、結晶を少しだけ掬い取った。


「これが、水の中の塩が固まったものです」

 カフルの指先にある四角い砂粒のような塩の結晶は、宝石のようにキラキラと輝いている。


「海水を引き入れてからここまで、だいたい一月と少し、というところですな。その間に雨が降ると最初からやり直しですので、冬の間は塩づくりができません。今が一番良い季節です」

 結晶池はまだ先に続いており、離れた場所で数人の女性たちが作業しているのが見えた。彼女たちは木で作られた平たいスコップのようなもので水の中にできた塩の結晶をかき集め、池の中に円錐状の塩の山をこしらえていた。

 池の中にできた塩は、ああして山にしておき、水を切ってから運び出すのだと言う。


「水気が完全になくなるまで乾かしたら、塩の完成です」

 カフルの指さす先には、パピルスを編んだ敷物がたくさん広げられ、その上で塩が干されていた。サラサラとした荒めの粉のような白い塩。品質が良いのは一目でわかる。


 サエイレムで使われていたベナトリア産の岩塩は、少しピンクがかった色をしていた。味も少し違う。そのまま舐めた時は、岩塩の方がストレートに塩辛い。海水から作られた塩の方は、味が穏やかで、ほんの少し甘味を感じる。

 肉料理には岩塩の方が合うが、魚や野菜を含めて色々な料理に使うには、岩塩よりも海塩の方が相性が良さそうだとリネアが言っていた。


 広い砂浜には、今案内してもらった塩田の他にも、見渡す限り同じような塩田が広がっており、大量の海塩が生産されていた。


「メリシャ様、貴女のおかげで我が部族は飢える心配がなくなりました。感謝いたします」

 一通りの案内が終わったところで、カフルがメリシャに深くを頭を下げた。


 カフルの部族は、伝統的に製塩を生業としている。自給自足が多いヒクソスの部族では珍しく、民のほとんどが塩づくりに携わさっていて、農業や狩猟を行う者は少ない。そのため、塩を売った代金、または塩との物々交換で他の部族から必要な食料を買い入れ、生活を維持してきた。


 だが、メネスの属国になって以降、取り上げられる塩に代金が支払われるわけもなく、食料を買い入れることができなくなった彼らはたちまち困窮した。

 塩はメネス王国が強く要求してくる重要な産品であり、塩作りを途絶えさせるわけにはいかない。一応、王城がカフルたちの塩を買い上げ、それをメネスに納めるという体裁をとることで生活に必要な物資を支給し、部族の生活を支えていたのだが、ヒクソス全体が貧困にあえぐ状況では、それも十分とは言えず、苦しい生活を余儀なくされていた。


 しかし、メリシャが王となってすぐ、メネス王国との属国関係を破棄したことで、塩は重要な輸出品へと変わり、王城が買い上げた塩の代金が部族に入るようになったのである。もはや生活の心配をする必要はなく、弱った幼子や老人を泣く泣く見捨てることもなくなった。

 どこの誰とも知れないメリシャの即位には、当初、反感こそ感じたカフルだったが、今の状況からすれば感謝しかない。


「それは良かった。…では、カフル殿、これからも王であるボクを支えてくれるのかな?」

 メリシャは、にこりと笑ってカフルに尋ねる。


「メリシャ様が、ヒクソスの民の暮らしを守って下さる限りは…」

「ありがとう。それで十分だよ」

 無条件に「支えます」と簡単に言わないところが、逆に信頼できるとメリシャは思った。

次回予定「ハトラの使い 1」

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