塩の町にて 2
海に行こうと言い出したメリシャの目的とは。
「それはいいにゃ!海を見に行くにゃ!」
イチジクの蜜で手と口元をベタベタにしたテトが、シェシに拭いてもらいながら真っ先に賛同した。この子猫は長らく閉じ込められていた反動で、どこでも行ってみたいのである。
「行ってもいいけど、何しに行くの?」
フィルは、リネアに剥いてもらったイチジクの実を口に運びながら聞き返す。メリシャも子供ではない。ただ遊びに行きたいからではなかろう。
「海岸にあるっていう塩田を見ておきたいんだよ。塩はこれから大事になるからね」
「なるほど。そういうことなら、ぜひ行ってみるべきね」
納得の表情でフィルは頷く。メリシャの言う通り、塩は今後のメネスに対するヒクソスの切り札だ。
かつてのサエイレム王国では、ベナトリアに大きな岩塩鉱があり、良質な岩塩が豊富に産出されていたため、海塩の製造は行われていなかった。だから、メリシャはもちろんフィルやリネアも、海水から塩が作られることは知っていても、実際に作るところは見たことがない。製塩現場を見ておくことは王として有意義だろう。
「海ですか。久しぶりですね…フィル様、海に入られますか?」
「うん。リネア、一緒に泳ごうよ。それに、せっかくだから海の幸も食べたいよね」
「はい、新鮮なまま料理できるように、用意しておきますね」
「いいね。すごく楽しみだよ」
いきなり遊びに行く気満々のフィルとリネアに、メリシャの方が少し驚いた。
「あ、メリシャはちゃんと仕事してね。テトとシェシはわたし達が面倒見ておくから」
「えー、それはないよー!」
ニッと口角を上げたフィルに、メリシャは悲鳴じみた抗議の声を上げた。
そして数日後、メリシャ、フィル、リネア、シェシ、テト、フルリの6人は、アヴァリスの北にある海辺の町、タミアットを目指した。
アヴァリスから船で川を下り、沿岸部を進めば丸1日~1日半の距離だが、ティフォンの翼なら1時間とかからない。
今回はあらかじめ訪問を先触れしてあったため、上空から眺めると、広い砂浜に出迎えの人々が集まっているのが見えた。
人々の近くには、海に沿って大小の池が並んでいた。その数はざっと数十に達している。おそらくこれが製塩のための施設なのだろう。
ティフォンは緩やかに降下し、広い砂浜に着地した。メリシャがシェシを抱いて、フィル、テト、フルリはそれぞれ身軽に飛び降り、リネアもティフォンの姿を解く。
「お待ちしておりました。メリシャ王」
砂浜に集まっていた人々のうち数人が、メリシャのところに近寄り、その先頭にいた壮年の男性がメリシャに頭を下げた。
「このタミアットを治めております、部族長のカフルと申します」
カフルが礼儀正しく頭を下げる。側近か護衛と思われる周りの男性たちも揃って頭を下げた。出発前にシェプトから聞いたところでは、彼はシェプトと懇意にしていて、先王シャレクとも友人であったらしい。メリシャたちの改革にも協力的なのだそうだ。
「ありがとう、カフル殿。先に知らせてあるとおり、今日は塩の生産を見せてもらいに来ました。よろしくお願いします」
メリシャも丁寧に応じ、後ろにいたフィルたちもカフルに一礼する。…テト以外。
テトも、自分が神様なのは内緒にするということを了承しているのだが、やはり人に頭を下げるという発想はないようだ。まぁ、見た目が幼い子供ということで、多少のことは大目に見てもらえるのが幸いだ。
カフルは、初対面のテトとフルリにちらりと目を向けたが、あえて尋ねることはしなかった。
「どうぞ、こちらです」
カフルの案内で、早速塩田を見せてもらう。ここで行われているのは、天日製塩と呼ばれる方法だ。文字通り、海水を風と天日に晒して水分を蒸発させ、塩を得るやり方である。
もちろん、ただ放っておいて塩ができるわけではない。ここでは、三段の池を使って段階的に海水を濃縮する方法をとっていた。
まず、海から貯留地に海水を引き込む。海と貯留地の間の水路には簡単な水門が設けられ、貯留地への海水の導入は海の干満を利用して行われていた。満潮時に水門を開いて海水を引き込み、潮位が下がる時には水門を閉じて水が抜けないようにするのだ。
貯留地に貯められた海水は、しばらく時間を置いて細かな砂粒などを沈殿させた後、一段下の蒸発池に流される。蒸発池は浅く広い平坦な池で、強い太陽光に晒された海水は水分が蒸発し、徐々に濃くなっていく。蒸発池の底には白い泥のようなものが堆積し、水は美しいエメラルドグリーンに輝いていた。
次回予定「塩の町にて 3」




