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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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侵入者

本日も引き続き2話投稿です。1話目。

 闘技場には、東西南北に設けられた観客が入場するための入口の他に、物資の搬入に使う大型のゲートがあった。ゲートは馬車が進入できる構造となっており、倉庫などが設けられた地下区画までそのまま入ることができる。

 ちょうどアリーナで白熱した準決勝が行われている頃、5台の馬車が連なって物資搬入用ゲートにやってきた。


「止まれ」

 ゲートの警備をしていた衛兵が戦闘の馬車の御者に指示する。素直に止まった馬車の御者台から、30代半ばくらいの男が飛び降りた。

「ご苦労様です。総督府のご用命で納品に参りました。なんでも、本日の参加者や警備の方々に食事を振る舞うのだとか。荷は小麦とヒヨコ豆、焚き付け用の麦藁でございます」

 男は、衛兵に丁寧に頭を下げると、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。帝国の標準的な様式で書かれた発注書で、確かに男の言うとおりの注文内容が書かれている。確かに今日の参加者は何十人もいた。中には体の大きな魔族も多い。彼らに食事を振る舞うならこれくらいの量は必要だろう。


「そんな話を打ち合わせで聞かなかったが…」

「さて、私どもは荷を届けるよう言われただけですので。…荷を降ろしたら試合を観戦しても良いと言われたので、急いで参ったのですが、何かの手違いでしょうか」

 不安そうな男の表情に、衛兵は羊皮紙を返すと、奥を指さした。警備の者にも食事が振る舞われるなら、自分たちもありつける。あえて断る理由もない。

「通っていいぞ。地下倉庫へはこのまま真っすぐだ」

「ありがとうございます」

 先頭の馬車の御者台によじ登った男は、後続の馬車にも合図し、ゆっくりと衛兵の前を通過していった。荷台に穀物袋を満載した馬車が3台続き、後続の2台には麦藁が山と積まれている。

 ふと、大きな隊商の行方について手配が回っていたのを思い出したが、先頭の馬車には御者とさっきの男の二人、残り4台にはそれぞれ御者が一人乗っているだけ。確か手配には20人以上とあったから数が合わない。衛兵はすぐに疑いを捨てた。

 ゴトゴトと石畳を踏む音を立てて、全ての馬車が闘技場の地下へと進んでいった。


 帝国と魔王国との戦争が始まる前、闘技場で行われていたのは、人間や魔族の剣闘士による試合だった。

 剣闘士は奴隷の身分ではあるが、試合に勝てば賞金が支払われ、一定の金額を支払えば引退して市民権を得ることができた。剣闘士の試合は、相手を殺しても良いルールであったため、時に娯楽とは言えない凄惨なものとなり、帝国本国においても皇帝の命令で何度か禁止令が出されるほどだった。


 しかし、よりむごたらしい光景が繰り広げられたのは、剣闘士と魔獣との闘いであった。魔獣とは主に魔王国の領域に生息する、普通の猛獣の何倍もの体躯と異形の姿を持った怪物のことである。

 歴戦の剣闘士とは言え魔獣を相手にする際は1対1では勝負にならず、複数の剣闘士で1頭の魔獣に挑むのが普通だった。それでも勝てる可能性は低く、だいたいは剣闘士が無残に魔獣に食い殺される様子が観客たちの前に晒されることとなった。


 戦争が始まると、サエイレムではそうした試合は全く行われなくなっていたが、闘技場の地下には、そうした剣闘士たちの控室や、出番まで魔獣を閉じ込めておく頑丈な檻などの施設がそのまま残されていた。

 地下に入ってきた馬車が倉庫を素通りしてようやく止まったのは、そうした剣闘士や猛獣のための区画であった。

 馬車が止まると、御者台の男がコンコンと車体を叩いて合図する。すると荷台に隠れていた男たちが、ぞろぞろと馬車から降りてきた。人の目を避けるため、荷台の縁に沿って穀物袋を積み上げて壁代わりにし、その内部に潜んでいたのである。

 男たちは無言のまま、麦藁が積まれた馬車のうち1台に集まると、麦藁をかき分け、中に隠されていた幾つかの大きな木箱を引っ張り出した。


 箱の中には、偽物の獣耳や毛皮の尻尾、つまり魔族に変装するための道具が入っていた。そして、箱の底にはたくさんの短剣と何丁かのクロスボウが並んでいる。短剣の刃は、べっとりと塗りつけられた粘液のようなものでぬらりと光沢を帯びている。

 男たちは、慣れた手つきで短剣を腰のベルトに差し込み、またクロスボウを持った者は腰に矢筒を巻く。そして、獣耳や尻尾を着けるとフード付きのマントを羽織った。

 そして、お互いに装備を確認した男たちは、もう一台の麦藁を積んだ馬車から馬を外し、魔獣を閉じ込めておく檻の中へと押し始めるのだった。

 

 ハルピュイアのイネスは、闘技場の外壁の一番高いところに止まって羽繕いをしていた。今日はテミスから試合会場の監視を命じられたが、仲間と交代して休憩中である。

 種族の代表として出場した同僚のミュリスが、予選でアラクネに敗れてしまったのは残念だった。ついさっきまで、彼女の全身にまとわりついた粘着糸を外すのを手伝っていたが、ベタベタとした糸を外すのはなかなか厄介で、思ったより時間がかかってしまった。


「…馬車?」

 イネスが止まっている場所のちょうど真下、大荷物を積んだ馬車が闘技場の中に入っていくところだった。ここは確か、地下の倉庫に降りるための搬入口になっていたはずだ。

 警備している衛兵に、馬車に乗っていた男が何やら書類を見せ、馬車は次々と中に入っていく。

 イネスの目が麦藁を積んだ馬車に目が留まる。真上から見ると、薄茶色の藁に交じって黒い毛皮がちらりと覗いていたからだ。藁の中に何か埋まっているようだ。

 イネスは、翼を広げて外壁から飛び立つと、滑空して衛兵の目の前に着地した。


「なっ、何者だ?!」

「私はイネス。テミス様の配下のハルピュイアだ」

 突然目の前に舞い降りたイネスに慌てて誰何する衛兵に、イネスは短く答える。

「あぁ、政務官様の配下か」

「今通って行った馬車は何用だったのか、教えてほしい」

「なんでも、総督府の注文で麦と豆、それに焚き付けの麦藁を運んできた馬車だ。なんでも、あとで闘技大会の参加者と警備の者に食事を振る舞ってくれるんだそうだ」

 イネスは首をかしげる。

「そんな予定はテミス様から聞いていないが、衛兵には通知があったのか?」

「いや、こちらも聞いてはいないが、注文書は確かに帝国で使われている体裁だったし、内容も申告どおりだったので…」

 衛兵は少し不安げな表情を浮かべる。


「わかった。私がテミス様に確認してくる。もし、さっきの馬車が戻ってきたら、外に出さないよう足止めをお願いする」

「わ、わかった!引き受けた」

 イネスは、翼を広げて飛び立とうとしたが、ハッと気が付いて翼を畳む。

「どうかしたのか?」

「いや、テミス様は総督と一緒に貴賓席にいる。空からは貴賓席に近づくなと言われていた」

「それは…そうだな」

 いつも空を飛んでいるので地面を歩くのはあまり得意ではないが、テミスの指示だ。仕方ない。イネスはやや覚束ない足取りで貴賓席へと向かった。

次回「闘技大会 決勝」も投稿済です。

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