動く死者 1
神殿の奥に蠢くものとは…
フィルは、くるりと振り返って背後にそびえているムルを見上げた。
「やっぱり、メネスのオシリス神殿にあったのと、よく似てる」
「テトがここに閉じ込められていることを、神官たちは知っていたのかな?」
「そういう伝承くらいはあったのかもしれないけど…でも、大神官はそれなりに知っていたのかもしれないわね。テトのシストルムと加護を得るための方法は、歴代の大神官に伝わっていたんだから」
「あー、大神官を殺しちゃったのは、失敗だったかな…でも、あの時はリネアが危な…あっ!」
ジェドエの振るったシストルムの力でリネアが苦しめられたことを漏らしかけ、慌ててメリシャは口を閉じる。
「…リネアが危ない…って、何?」
フィルが、がっちりとメリシャの手を掴んでいた。表情の抜けた顔が怖い。
「い、いや…その…」
「言いなさい。…怒らないように、できるだけ努力はしてみる」
見事な棒読みだった。
「そこは、怒らないって約束してよ!」
抗議するメリシャに、フィルはクスッと笑った。
「冗談よ。怒らないって約束するから、教えて」
「はい…」
テト、ごめん!と内心謝りつつ、メリシャは仕方なく、ジェドエと戦った時のことをフィルに話した。
「…ふむ」
聞き終えたフィルは、本当に怒らなかった。メリシャはホッと胸をなで下ろす。だが、怒ってはいないもののフィルは難しい表情を浮べている。
「神の祭具、か…」
フィルはつぶやいた。
リネアを苦しめたテトの祭具、シストルムの力。つまりこの世界の神の力は、直接的にしろ間接的にしろ、神獣であるフィルやリネアにも通用するかもしれない、ということだ。
おそらく祭具の力を十全に扱えないであろうジェドエが使ってなお、効果があったのだ。魂の井戸からもたらされる神の力を利用しているとされるメネスの魔術も侮れない。
そんな危ないものは今のうちに壊しておきたいのがフィルの本音ではあるが、テトが自分の半身のように大切にしているだけに、流石にそれは躊躇われる。
「フィル、リネアを虐めた大神官を自分の手で殺せなくて、残念だったわね」
「まぁ、いいわ。リネアは無事なんだし、わたしの代わりにメリシャが怒ってくれたみたいだから。…ただし、もう二度とそんなこと許さないけど」
からかうように言った妲己に、フィルは軽く笑いながら返す。…最後の一言だけは、怖いくらいの真顔だったが。
「フィル、シストルムのこと、やっぱり気になる?」
「ええ。わたしやリネアも、完全無敵じゃないってことだからね…」
前の世界にはいなかった『神』という存在。テトはこちらに友好的だが、アヴァリスで信仰されているセトや、メネスで信仰されているというオシリスはどうだろうか…。
「そうか…そうだよね」
メリシャもフィルの言う意味に思い至り、表情を固くした。
「そういえば、メリシャが倒した大神官はどうしたの?」
ふと思い出したようにフィルはメリシャを見つめた。シストルムの力を使ったという大神官の死体に、何か手がかりはないかと思ったのだ。
「…?」
メリシャもすっかり忘れていた。
「フルリ、ジェドエの体、片付けた?」
メリシャの問いに、フルリはやや首をひねりながら答える。
「いいえ。神官たちを出した後、あの部屋は閉め切って、誰も入っていないはずでやす。メリシャ様たちもあっしらも、町のみんなを避難させるので手一杯でしたし…」
「じゃ、大神官の死体は、まだその部屋あるのね?…少し調べさせてもらっていい?」
「それはいいけど…わかった。こっちだよ」
やや顔をしかめながら、メリシャはフィルを案内した。大神官を倒して3日たつ。
その間放置された死体を見るのは気が進まないが、これ以上そのままにもしておけないし…リネアのことがある以上、フィルが調べたいと言うのも理解できた。
次回予定「動く死者 2」




