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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会 準決勝第二試合

本日2話目

 準決勝第二試合、狼人のウェルスとラミアのシャウラとの戦いは、静かに始まった。

 体格は長大な蛇体の下半身を持つラミアの方が大きい。そして、その蛇体による薙ぎ払いや締め付けは、強靱な体躯を誇る狼人にとっても危険なものだった。

 狼人の武器は、その筋力と速度。相手の攻撃を速度で躱し、長大な大剣の一撃は蛇体を覆う頑丈な鱗も切り裂く。

 お互いが注意深く隙をうかがい、なかなか動かない状態が続いた。


「シャウラ、お前さんと戦うのは初めてだが、噂は聞いてるぜ…しかし、こういう戦場はあまり得意じゃないだろう?」

 ウェルスはシャウラに声をかけるが、シャウラはじっとウェルスを睨むばかり。

 焦れ始めた観客からのヤジに、一瞬、ウェルスの視線が観客席に向いた瞬間、シャウラが間合いを詰めた。

 唸りを上げて振るわれる尻尾の一撃に、ウェルスが大きく飛び退く。しかし、すぐに体勢を立て直してシャウラの正面に回り込むと、大剣を振り上げる。

 シャウラは避けるどころか、勢いを落とさず突進し、ウェルスに体当たりを仕掛けた。

 間合いを外されたウェルスは、チッと舌打ちするとわずかに左へと向きを変え、すれ違いざまに大剣を薙ぐようにシャウラに打ち込んだ。だが、咄嗟の行動だったため浅い。シャウラの革鎧を切り裂いた刃は、内側の鎖帷子に阻まれる。

 剣の手応えからダメージが浅いと気付いたウェルスは、素早く地面を蹴って、目くらましに盛大に砂を蹴り上げる。

 一撃食らった上に砂粒をかけられたシャウラは、怯むことなく忌々しげにウェルスを睨みつつ、両手の短剣を振り下ろした。ウェルスは、大剣を頭上に掲げて短剣を受け止め、続いて襲う尻尾の一撃を避けて大きく後ろへ跳ぶ。

 ウェルスは、振るわれた短剣の先から飛ぶ微かな飛沫に気付いていた。前の試合の様子からすると、おそらく即効性の痺れ薬だろう。うっかりかすれば、そこで負ける。前の試合でケンタウロスの嬢ちゃんは短剣を落とすのに気を取られ過ぎて負けた。


「厄介だが、あれをどうにかしないと、おちおち近づけねぇな」

 ウェルスは注意深く間合いを計る。なかなか仕掛けてこないウェルスに、シャウラが先に仕掛ける。音もなくウェルスに手が届く所まで間合いを詰め、シャウラは低く体を倒して短剣を振るった。

 ウェルスは攻撃を受止めると見せ、大剣の峰で短剣そのものではなく、短剣を握るシャウラの腕を狙った。峰打ちなので切り飛ばすことはないが、鉄の塊を打ち付けられた衝撃は籠手を通してシャウラの腕に激痛をもたらした。

「きゃっ!」

 今度は娘らしい悲鳴を上げて、シャウラが短剣を取り落とす。打たれた方の腕をかばいながら、シャウラは悔しげに後ずさった。

「こんな危ないものは、没収だな」

 ウェルスは、シャウラが落とした短剣を拾い上げ、腰のベルトに挟んだ。そして、大剣の切っ先をシャウラに向ける。

「シャウラ、どうだ、このあたりで負けてくんねぇか。優勝しなくても、大抵のことなら、テミスのお嬢が聞いてくれるだろう。総督府のお偉いさんになったんだから」

 ウェルスは、軽い口調で言う。

「テミス様はラミア族の実力を総督に見せたいんだ。あたいを見込んでくれたテミス様に恥をかかすわけにはいかない」

 シャウラは残った短剣を構えてウェルスに飛びかかった。


 大剣を振るうウェルス相手に正面からの打ち合いでは分が悪い。シャウラは、大剣を振りにくいようウェルスとの間合いを詰めるが、ウェルスは、打ち合うことなく横に跳んで間合いを保つ。

 巧みにシャウラの攻撃を避けるウェルスだったが、短剣が片手のみとなっても攻撃の鋭さは衰えることなく、短剣を避けたと思えば、横殴りに蛇の尻尾が飛んでくる。ウェルスとて、余裕で避けているわけではなく、その顔は真剣だった。

「そろそろ終わりにしようじゃないか」

 シャウラがウェルスを闘技場の壁際へと追い詰めていた。 

「チッ」

 小さく舌打ちしたウェルスは、シャウラの喉元めがけてベルトから抜いたナイフを投擲した。

「っ…!」

 小さく呻いてナイフを躱したシャウラは、すかさず鞭のようにしならせた尻尾をウェルスに打ち付ける。大剣を盾にし、なんとか直撃は免れたウェルスだったが、シャウラの尻尾に大剣もろともぐるりと巻き付かれていた。

「ようやく捕まえた。ウェルス、覚悟してもらおうか」

 にやりと笑ったシャウラが、ウェルスを締め付ける。ずいっとウェルスに顔を近づけ、嬉しそうに宣告する。

「負けを認めないと、そのまま骨の何本かが折れるよ」

 しかし、ウェルスも小さく笑みを浮かべていた。

「いいぜ。やってみるか…?」

「…?!」

 不意にシャウラの身体がぐらりと揺れた。突然襲った身体の異変に、シャウラは戸惑う。

「…これは…?!」

「さすがは、ラミア謹製の薬だな」

 ウェルスに巻き付いている尻尾の先に、さっきシャウラが落とした短剣が刺さっていた。頑丈な鱗に覆われた背中側ならばそう簡単に刺さりはしなかっただろうが、腹側は比較的柔らかい。

 短剣に塗られた痺れ毒がシャウラの身体から感覚を奪い、ウェルスを締め付けていた蛇体から力が抜けていく。

「くっ…!」

 ウェルスの拘束が解け、シャウラはくたりとその場に座り込む。力を振り絞って手に残った短剣を投擲したが、ウェルスまで届かず空しく地面に突き刺さる。それが最後の足掻きとなり、シャウラは地面に倒れ伏した。

 監視役の兵士が駆け寄り、シャウラが動けないことを確認すると、試合終了のドラムが鳴った。


 悔しそうにウェルスを見上げるシャウラ。

「そんな顔するなよ。おまえの戦い振りはテミスのお嬢も総督もよく見ていたはずだ。心配ないって」

 貴賓席を見上げてウェルスが言った時、二人のところに小柄な兵士が一人近寄ってきた。監視役の兵士に交じって試合を見ていた妲己である。そして、シャウラの顔の横にしゃがみこむ。

「あなたもなかなかのものね。見直したわ」

 兜の下の顔は少女だった。にこりと笑う彼女を見て、シャウラはどこかで会ったことがあると思った。だが、どこで会ったのか思い出せない。人間の娘と関わる機会など、ほとんどないはずなのだが。


 シャウラが戸惑っているうちに、妲己は立ち上がり、ウェルスを見上げた。

「妾の次の相手はあなたね。よろしく」

 臆することなく自分を見上げる妲己に、一瞬戸惑うウェルスだったが、前の試合でラロスを破ったのが彼女だったと気付き、視線が鋭くなる。

「あぁ、見た目に騙されないように、せいぜい気をつけるさ。ラロスの楽勝かと思っていたら、あんたの方がとんだ化け物じゃねぇか」

「あら、ひどい。化け物なんて、こんなに可憐な妾に向ける言葉じゃないわよ」

 わざとらしくいじけてみせる妲己に、ウェルスは、フンと鼻を鳴らす。

「そんなタマじゃねぇくせに」

「あ、さすがにちょっと不愉快ね。少しばかり痛い目見せてあげるから、覚悟しなさい」

 腰に手を当てて、妲己はじろりとウェルスを睨んだ。

「おぉ、怖い怖い」

「まぁ、いいわ。続きは決勝戦でじっくり話し合いましょう」

 妲己の背中を見送りながらウェルスは、ラロスと妲己の戦いを思い出し、どう戦うか考え始めていた。

次回も二話投稿の予定です。「侵入者」「闘技大会決勝」

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