シストルム 2
大神官とシストルムを探し、メリシャたちは神殿の奥へ。
テトからシストルムの話を聞き、玉藻と相談して大神官を奇襲する作戦を立てたメリシャは、テトを連れてさらに神殿の奥へと進む。…ここから先、少しだけリネアは別行動になる。
聖なる池の先、列柱と神像が建ち並ぶ広間を抜けると、目の前に大きな石の扉が現れた。
おそらくはこの先が、高位神官しか立ち入れぬという聖所。試しに軽く扉を押してみるが、ビクともしない。
軽く息を吐いたメリシャは、無言のまま腕を大きく振るう。ギッと固い物を擦る音がして、扉に何本もの線が走り、分厚い扉はバラバラの破片となって崩れ落ちた。
「メリシャも大概化け物にゃ…」
テトがこっそりとつぶやく。
視界が開け、目の前にそびえるのは、白い石が積まれた四角錐ムル。テトが捕らわれていた場所だ。メリシャの手を握るテトの手から緊張が伝わってくる。テトにとっては、見たくもないものだろう。…だが、ここにも人の気配はない。
「テト、この先はどうなってるか知ってる?」
「知ってるにゃ。この先には、元々テトが暮らしていた部屋があるはずにゃ」
メリシャの手を引いてテトが駆け出そうとするが、メリシャはテトを引き戻して囁く。
「テト、待ち伏せがあるかもしれないから、慎重に行こう」
ムルの横を抜けて裏に回る。そこには美しく飾られた建物があった。
真ん中に入り口らしき扉があるが、その両側の壁には十字の先端が輪になったシンボルが描かれ、扉の上には鳥の両翼の真ん中に一つ目の意匠。どちらも鮮やかな青や赤、金の顔料を使って彩色されている。
開いたままの扉から中を伺うと、太い列柱が立ち並ぶ真ん中に、緩やかな階段が奥へと続いていた。耳を澄ませば、その階段の上から談笑するような声が聞こえてくる。どうやら神官たちの一部は、竜の襲来にも関わらず昼間から酒宴の最中らしい。
襲来を知らないのか、部下の神官たちを差し向ければ大丈夫と思っているのか、あまりの緩みぶりに、待ち伏せがあるかもしれないと警戒していたのがバカらしくなってくる。メリシャとテトは階段を駆け上がり、その先の部屋に踏み込んだ。
部屋の中に集まっていた神官は20人ほど、料理の皿と酒杯を前にして床に座っている。彼らに給仕をしている数人の女性は、下半身にごく薄い腰布をまとっているだけでほぼ裸と言っていい姿だった。
もしもフルリがこの場にいたら、故郷に帰ったはずの先輩がここにいることに驚きの声を上げただろう。彼女たちは、巫女として働く間にその容姿が神官たちの目に止まってしまい、巫女の年季が明けた後も解放されず、上級神官たちの召使いとして飼い殺しにされていたのだ。
メリシャはギリッっと奥歯を噛み締め、手近にあった酒瓶を掴んで部屋の真ん中に投げつけた。大きな音を立てて床に落ちた酒瓶が砕け散り、飛び散った酒が床を塗らす。
「あれがシストルムにゃ!」
テトが部屋の奥を指さす。そこには、豪奢な黒い衣をまとった男が座っており、その背後にある立派な台座の上に、杖のようなものが飾られていた。
シストルムは、木製の柄の先に薄い金属板が逆U字型に取り付けられており、そこに横から3本の軸が等間隔に並んで通されている。それぞれの軸には円盤状の金属板が3枚づつ刺さっており、振ると円盤同士が触れ合って音が出る仕組みのようだ。
「この不埒者が!何者だ?!」
料理や酒を蹴散らして神官たちが次々に立ち上がる。
「ボクは、ヒクソス王のメリシャ!バステト神殿を不心得者たちから取り戻すために来た!…神官でない者は、早く立ち去りなさい」
メリシャは、怯える給仕の女性たちに向かって部屋の外を指さす。彼女たちは軽く会釈しながら部屋から逃げ出していった。
「おまえたち神官が、神の名を笠に着て行った横暴の数々を見過ごすわけにはいかない。今すぐ縛につき行いを改めるなら良し。さもなくば、バステト神の名において、お前たちに罰を与える!」
「我は大神官ジェドエ。サリティスが召喚したという、セトの現身とは、お前のことか?」
黒い衣の大神官ジェドエが言った。ゆっくりと立ち上がり、台座からシストルムを手に取る。
「セトではないけど、ボクはかつて神と呼ばれた一族だよ。…それに、ヒクソス王に対してお前呼ばわりなんて、ずいぶんと無礼じゃないかな?」
厳しい視線でジェドエを睨み付けながらメリシャは答える。
「ふん。我は偉大なるバステト神のみに仕える身。人の世の王にへつらう必要などない」
そのテトを蔑ろにしていたくせに、とメリシャは内心つぶやく。
「ならば話は早い。バステト神は、神官どもの堕落と横暴に大変お怒りで、ボクにお前たちを懲らしめるよう命ぜられた。バステト神に仕える者であるなら、大人しく己の行いを悔い、罰を受けるがいい」
「我が神が?お前に?…くぁははは……面白いことを言う」
声を上げて笑ったジェドエは、手にしたシストルムをぐっと前に突き出した。
次回予定「シストルム 3」




