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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 サエイレムの新総督
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闘技大会 第四試合

2話同時投稿 2話目です。

「キュクロプスか…一撃食らっちまうとマズいな」

 自分の前に立つ、大きな戦槌を担いだゴルガムの姿に、ウェルスは目を細める。

 狼人族であるウェルスは、人間に勝る速度と筋力が戦闘の武器だ。対する巨人族の一角を占めるキュクロプス族は典型的なパワーファイター、速度は遅いがその巨体から繰り出される一撃の威力はウェルスでも全く敵わない。

 とにかく攻撃を避けながら隙を狙うしかない。キュクロプス相手なら、大剣の一撃を叩きこんでも死にはしないだろう。

 対するゴルガムは、ウェルスに対して特段の反応を見せなかった。

 侮っているのではない。相手が何であろうと、戦槌を当てて吹っ飛ばす。彼にはそういう戦い方しかできないからだ。相手に合わせて戦術を変えるほど、多彩な技術は持ち合わせていない。


 ドゥーン、と試合開始のドラムが鳴らされた。

 だが、ゴルガムはその場を動かない。多くの種族に速さで劣るのはわかっている。だから、攻撃して来る相手に対してカウンターで攻撃を当てることに専念する。

 ウェルスは、両手持ちの大剣を振りかぶり、ゴルガムに向かって突進した。ゴゥッと音を立てて戦槌が振るわれるが、大きく跳躍してそれを避け、真上から剣を振り下ろした。

 だが、ゴルガムは空振りした戦槌を止めることなく、そのままの勢いで頭上に向けて振り回した。槌の柄が剣を弾き、体勢を崩されたウェルスが地面に落下する。何とか受け身を取り、一回転してゴルガムから離れるが、もう少しで戦槌に直撃されるところだった。

 弾かれた衝撃で大剣を握る手が少し痺れていた。さすがの威力だ。当たり所によっては一撃で終わりになりかねない。

「ふぅ、危ねぇ危ねぇ」

 立ち上がったウェルスは、身体についた砂を払い落とした。

 ゴルガムはあえて追いかけまわす気はないらしい。さすがに自分の戦い方を心得ている。さて、どうするか。ウェルスは少しづつ間合いを詰め、戦槌が届かないギリギリの範囲でゴルガムの隙を伺う。

 ゴルガムは無言で、顔の真ん中にある大きな一ツ目でウェルスを見据えている。

「…試してみるか」

 ウェルスは、腰のベルトに差していたナイフを1本引き抜く。投擲用の小さなものだが、目や喉を狙えばいかにキュクロプスでも避けるか叩き落すしかない。その隙に懐に飛び込んで一撃入れるつもりだった。

 シュッとナイフを投げるとともに、ウェルス自身も踏み込んだ。

「ぐぅっ!」

 低く唸ったのはゴルガムだ。ナイフを叩き落そうとした戦槌が空振った。慌てて顔を背けて目に当たらないようにしたものの、ナイフは側頭部をかすめて浅い切り傷を刻む。

 同時に飛び込んだウェルスが、大剣をゴルガムの腹部に叩きつけた。鎧のように硬く締まった腹筋は大剣一撃にも耐え、さほど深い傷とはならなかったが、正面から左脇腹にかけて大きく切り傷が走り血が流れ出す。


「…?!」

 驚いたのはむしろウェルスだった。ほんの目くらましのつもりのナイフをゴルガムが防ぎ損ねたのだ。一撃入れられたのは良かったが、どうも腑に落ちない。

 ゴルガムは、何ともないように戦槌を構え直している。腹の傷から流れる血もおおむね止まっていた。

 ウェルスは、再びベルトからナイフを抜くと、ゴルガムめがけて投擲する。

「チッ!」

 珍しくゴルガムが舌打ちし、今度はナイフを落とそうとはせず、横に飛び退いてナイフを避けた。

 ウェルスは、ようやく気が付いた。あいつは、距離を測るのが苦手なんだ。

 人間や魔族を含む多くの動物は、左右の目のちょっとした見え方の違いから対象物との距離を捉えている。しかし、1つの目しかないキュクロプスはそれができない。小さなものや自分に向かって真っすぐ向かってくるものは、特に捉えにくいのだろう。

 思いがけない弱点に、にやりと笑みを浮かべたウェルスは、剣を構えてゴルガムに向かった。ただ、これまでのようなただ速いだけの突進ではなく、ゴルガムの戦槌の射程ギリギリで一旦速度を落とす。

 ゴッと音を立てて、ウェルスの眼前をゴルガムの戦槌が通過した。案の定、目測を誤ったようだ。再び加速したウェルスは、ゴルガムの懐へと飛び込む。表情に乏しいゴルガムの顔に、明確な焦りが浮かんだ。

 ウェルスは、下からゴルガムの顎めがけて剣の峰を叩きつける。

「…ぁっ!」

 たまらず首を反らしたゴルガムの喉から苦し気な声が漏れる。顎への一撃は脳を揺らす。意識を失わないまでも平衡感覚が失われ、立っていられなくなる。

 どさりと腰を落としたゴルガムの首筋に、ウェルスの大剣が当てられた。

 数瞬の後、目の前に立つウェルスの姿を見上げたゴルガムは、驚きの表情を浮かべた後、諦めたようにため息をついた。

「俺の負けだ…」

 ゴルガムが手にした戦槌を手放したところで、ウェルスも大剣を退く。そして、試合終了のドラムが鳴った。

  

「負けたよ。あのラロスという男、それなりの手練れだぞ」

 意外にすっきりした表情で、エリンが貴賓席にやってきた。

「エリン様、お怪我は大丈夫なのですか?」

 貴賓席の豪華な椅子に座らされたリネアが、心配そうにエリンに尋ねる。

「はっ!ご心配には及びません。総督閣下」

「エリン様まで、からかわないで下さい…」

 片膝をついて恭しく礼をするエリンに、リネアは少し拗ねたように頬を膨らませる。

「はは、すまない。私は本当に大丈夫だ。それに、妲己がきっと敵を取ってくれるだろう」

 エリンは、闘技場の中心に並ぶ準決勝に進んだ4人の姿に目をやる。

「妲己様、お怪我などされないと良いのですが」

 リネアは心配そうにつぶやいた。

「妲己なら心配ない。一緒に稽古して、妲己の強さを実感した。リネアは安心して見ていればいいさ」

「はぁ…、妲己様はそうかもしれませんが、我が同胞のシャウラは少し心配です」

 テミスが表情を曇らせる。

「シャウラさんというと、あの時の方ですね?」

 リネアはシャウラの顔を見て、自分を締め上げた店員だと思い出した。

「はい。あの時はリネアさんに失礼なことをして、フィル様の怒りを買ってしまいました。しかし、できれば妲己様と戦う機会を得て、フィル様にも実力を認めて頂きたかったのですが」

「あのウェルスという狼人に勝てば、決勝で戦えるだろう?」

「はい。しかし、己の身体能力に任せて戦うことが多い狼人族の中で、ウェルスはそれなりに戦い方を考えることができます。シャウラが得意とするのは、不意の一撃で仕留める戦い方ですから、相手との駆け引きには弱いところがあります。それが心配で」

「あまり噛み合わない対戦みたいだな…」

 エリンは、頬に手を当ててため息をつくテミスに、なんとも言えない表情を浮かべた。

次回予定「闘技大会準決勝 第一試合」「闘技大会準決勝 第二試合」


次回も2話同時投稿の予定です。

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