ペルバストの異変 3
幼女の治療を終えたフィルは…
治療を始めてしばらくすると、大きく腫れ上がっていた幼女の首筋が徐々にしぼんでいき、手足に現れていた黒斑も薄らいでいった。
「本当に、治ってる…でやす」
部屋の隅でその様子を見つめていたフルリは、治療を続けるフィルの背中に向かってを跪き、祈りを捧げた。
「もういいよ」
フルリも同じように治療し終え、ようやく顔をのぞかせたフィルに、メリシャはホッとして息をついた。
「メリシャ、ごめん。ちゃんと説明もしないで…」
部屋から出て来たフィルは、まずメリシャに謝る。
「だって、一刻を争うような状態だったんでしょう?フィルがやることにはちゃんと理由があるって知ってるから、平気だよ」
「ありがとう。よくできた娘で嬉しいよ。…説明するから、みんな部屋に入って」
フィルは、メリシャと共に廊下で待っていた、シェシ、テト、サリティスも部屋へと通す。
部屋の真ん中には、フルリが運んできた幼女が横たわっていたが、もう苦し気な様子はなく、安らかに寝息を立てていた。
「フルリ、よくこの子を連れてきてくれましたね。もう少し遅れていたら、手遅れになるところでした…この子は、あなたの知り合いですか?」
「リネアの姉さん、この子の名はローテと申しやす。姉さんたちがペルバストに来た時に、配給の食料を盗もうとした男の子がいたでやしょう?」
「はい。…確か、妹さんが熱を出したと…あぁ、この子がその妹さんなんですね?」
「へい。あの後も、気になって様子を見に行っていたでやすが、昨日から急に症状が重くなって…でもあっしにはどうしたらいいかわからなくて、…メリシャ様が、困った事があれぱ王城に知らせるように仰っていたのを思い出して、ここまで連れてきたんでございやす。フィルの姐御、リネアの姉さん、ローテを治して頂いて本当にありがとうごぜぇやす」
フルリは床に平伏して礼を言う。だが、フィルの表情は浮かないままだ。
「フィル…?」
「メリシャ、…ローテは、昔帝国で流行ったのと同じ疫病にかかってた」
「え…?」
メリシャの表情が固まった。フィルに言われて思い出したのは、かつてサエイレム女王だった頃の話。
サエイレムにいたメリシャは直接見ていないが、フィルから聞いた疫病が発生した町の様子は、聞くだけでも気持ち悪くなりそうな惨状だった。
それが起こったのは、フィルがメリシャにサエイレム女王の座を譲って20年ほど後のことだった。
その時、フィルはリネアと一緒にリンドニアの領都リフィアを訪れていた。
父母の墓参を済ませ、故郷の味であるリンドニアの林檎を買って帰ろうと市場に立ち寄ったふたりは、そこで帝国で発生した疫病の噂を耳にした。
その場所は、アルテルメの北西、サキア属州の東端に位置する『リエステ』という地方都市。
貧民街から発生した疫病は、一月とたたないうち蔓延し、多くの死者が出ているという。しかし町を治める代官が対策を放棄して真っ先に逃げ出したため、疫病の勢いはとどまるところを知らず、まだ動ける市民たちは続々と町から脱出しているらしい。
リエステは、アルテルメと帝都を繋ぐ主要街道にほど近く、街道はアルテルメを経てこのリンドニアまで繋がっている。
独立後、対立関係にあったサエイレム王国と帝国だったが、人や物の行き来に強い制限はかけられていなかった。町から出た市民たちの中に感染者がいれば、アルテルメをはじめとする他の都市にも疫病が広がり、いずれリンドニアにも飛び火しかねない。
危機感を抱いたフィルは、すぐに疫病の情報をサエイレムのメリシャに知らせるようリネアに頼み、自らは九尾の姿でリエステの町へと向かった。
人目に付かない森の中で人間の姿に戻り、街道まで出ると、噂で聞いた通り、町から逃げ出そうとする市民たちの荷車や馬車が列をなしていた。中には、発症した家族を荷車に寝かせて運ぶ者もいる。
だが、今のフィルは、もう皇帝に意見できる専制公ではないし、隣国の女王でもない。帝国内のことに口を出せる立場ではなかった。
…そして、避難民の流れに逆らうようにリエステに到着したフィルが見たのは、まさに地獄絵図だった。
次回予定「ペルバストの異変 4」
フィルが見た、疫病が蔓延した町の惨状とは…?




