神殿の神様 1
バステト神殿には、本当に神様がいる…?
バステト神が、本当にいる…?
神獣である九尾やティフォンが存在するのだから、人外の存在がいても不思議ではない。
しかし、本当の神というものは、前の世界にはすでにいなかった。神話に語られるとおり、かつてのティフォンがいた時代には神々も実在したが、それも遠い昔のことだ。
遠い存在だと思っていた神がすぐそばにいると言われて、メリシャだけでなくリネアも困惑の表情浮かべていた。
「シェプト、バステト神が神殿にいるって、本当なの?」
「はい。バステトの神官たちはそう説いています…しかし、神殿の最奥にある聖所は一部の神官以外は何人も立ち入れぬ場所とされ、我々部族長はもちろん、おそらくは歴代の王ですら入ったことはありませぬ」
神官たちは神の存在を主張しているが、実際に神を見た者はいないらしい。神官たちでさえ、本当に見たのかどうかはわからない。だがフルリは、神殿にはバステト神がいて、神官たちに加護を与えていると言う。
「神さま、かぁ…」
メリシャは、小さくつぶやいた。もし神が実在するのなら、どんな存在なのだろうか。侮れぬ力を持つ強大な存在である可能性もあるが、メネスの侵攻に際しても姿を現さなかったところを見ると、人同士の争いには頓着しないのかもしれない。それならば、神官たちだけに加護を与えているのは、どうしてなのだろうか。神官は、神殿を守っているから?
しかし、神官たちがバステト神に認められた存在なのだとしたら、少し厄介だ。神官団を一掃したとして、バステト神を信じる民たちは、神官団と自分達と、どちらを悪と見做すだろうか…
「リネア、どうしようか」
「そうですね…」
帝国もサエイレムも、神殿はあったが総じて宗教色は薄かった。だから、こういう神様がらみの問題にどう対応すればいいか…正直、困った。
「メリシャ、困っておるようじゃのぅ」
するりとリネアの背から玉藻が姿を現した。
「なんでも一人で考える必要はないのじゃ。あのフィルも、幾度となく麿に頼ったものよ。メリシャも見ておったじゃろう?」
ふふんと胸を張る玉藻。
「玉藻には、何かいい知恵があるの?」
「そうじゃな。あるといえばある」
「あ、あわわ、メリシャ様、この方は一体?!」
突然現れた玉藻の姿に、フルリは思わずメリシャの後ろに隠れた。周りの巫女たちも足を止めて固まっている。
「勇敢な巫女の娘よ。麿のことが恐ろしいのか?神官から幼子を守った時の気概はどうしたのじゃ?」
玉藻は、すいっとフルリの側に移動して顔を寄せた。ひぃっと声を上げてフルリはますます身を縮める。
「玉藻様、フルリをあまり怖がらせないでください」
「すまんの。面白い娘じゃから、つい、の」
玉藻は少しフルリから離れてから、パシンと音を立てて扇を畳んだ。
「麿は玉藻という。リネアの中に居候しておる、遥か昔に死んだ者じゃ」
「し、死んだ者…ということは、玉藻さまは『バー』でございやすか?」
メリシャの後ろから、そろそろと出て来たフルリは、浮遊する玉藻を上目遣いに見ながら尋ねる。
「ふむ。それが人の霊魂を指す言葉であるのなら、そのとおりじゃな」
バーとは、ヒクソスやメネスで、死者の魂を意味する言葉である。
人が死んだあともバーは死なず、自らの身体が保存されている限り、天には還らず身体に留まる。そして、身体の内と外を自由に往来して、生き続けると信じられていた。
「ままま、まさかリネアの姉さんは本当は死んでいて…」
顔を真っ青にしてカタカタと震えながら、フルリが言う。
「フルリ、私は生きていますよ」
リネアも、まさかの死亡扱いに苦笑を浮べている。
「ふふ…面白いことを言う娘じゃの…麿はリネアの魂ではないぞ。見た目も全く違うであろうが」
さも可笑しそうに笑う玉藻の姿に、フルリを始め巫女たちもようやく緊張を解いた。
次回予定「神殿の神様 2」
玉藻が語る神様への対処方法とは…




