バステト神官団 1
思った以上に荒れ果てていたペルバストの町…
「ずいぶん不衛生なようですね。これでは…」
リネアがやや眉をひそめながら言った。そこかしこに放置されたゴミ、物陰を走り回るたくさんのネズミ、うっとおしく飛び回る羽虫。リネアの言わんとする通り、これではいつ疫病が発生してもおかしくない。
リネアは、自分が幼い頃のサエイレムの魔族街を思い出した。あの頃は、汚い町しか知らなかったから気にならなかったが、フィルが総督に就いてから劇的に改善されたサエイレムを知った身には、このような状態は正直我慢ならない。
すでに死んでいるのか、もはや動くことさえできないのか、路地の隅に蹲って全く身動きしない者の姿もある。このような状態を放置して、この町を治めているという神官団は何をしているのか。
「メリシャ、大丈夫ですか?」
「う、うん…」
心配そうなリネアの問い掛けに、鼻を衝く臭気にフードの端で鼻と口元を抑えながら、メリシャは頷く。だが、息を十分に吸うことができず苦しそうに顔をしかめていた。
「とりあえず、早く広い場所に出た方がいいですね。シェプト様、案内してください」
「はっ、こちらへ」
メリシャやシェシのことを考えると、こんなに空気の汚れた場所に長居するのは良くない、リネアはそう判断した。市民の暮らしを見るのは一旦後回しだ。…この短時間でも、民の暮らしが酷い状態なのはよくわかった。
一行は、シェプトの案内に従って足早に路地を進み、やがて町の真ん中を流れる川のほとりに出た。
「はぁ…ようやく息ができるよ…本当にここがヒクソスで最も歴史のある古都なの?」
川に向かって大きく深呼吸しながら、メリシャが言った。
「まさか、ペルバストがこのような状態になっていたとは…」
シェプトも、余りにも荒れ果てた町の様子に絶句していた。
古い都市では、敵の侵攻を防ぐため意図的に街路を複雑にしている場合もあるが、ペルバストの場合はそうではない。
ペルバストにはバステト神を信仰する信徒たちが各地から集まる。その中には、生まれ育った部族にいられなくって、ここまで流れてきた者もいた。止むに止まれぬ事情を持つ者もいれば、後ろ暗い理由で逃げて来た者もいる。
そうした人々も分け隔てなく受け入れる…と言えば聞こえはいいが、要は、あちこちから来た者たちが、勝手に住み着き、無秩序・無計画に広がってできたのが、この大きな貧民窟のような町だった。
それでも以前はここまでひどくはなかったが、メネス王国の属国となり、ヒクソス全体で民の暮らしが悪化して以降は、町の荒廃にも拍車がかかったのか…。
「シェシ、大丈夫ですか?」
「はい、リネア様」
ここまで早足で歩いたせいで息を弾ませてはいたが、シェシは顔を上げて返事をする。
「さて…」
メリシャは辺りを見回した。川のほとりに並ぶ家々は、外側の街区に比べると多少なりとも小ぎれいな印象に見えた。日当たりの良さや、川から吹く風のおかげもあるのだろうが、先ほどのような臭気も感じない。町の中でも、川に近い地区ほど環境は良くなるようだ。
「メリシャ様、気をつけてください。神官たちがこっちに来ます」
シェシがメリシャの袖を引いて囁いた。
フードを被り直してそっと目を向けると、縦縞模様の衣装に身を包んだ5~6人の男たちが通りを進んでくるところだった。
神官たちは町の住民より明らかに身なりが良く、体つきも良い。民たちは神官が通ると深く頭を下げて敬意を示すが、神官たちはそれを一瞥することもなく、神官同士で雑談しながら歩いていた。
連中の態度は確かに不愉快だが、変に目を付けられても面倒だ。ここは刺激せずにやり過ごすべし、とメリシャは考える。シェプトに視線を送ると彼も小さく頷いた。
神官たちの後ろには、幾つかの瓶や籠を積んだ荷車が続いている。やがて、メリシャたちがいる場所から少し離れた広場のような場所で、一団は止まった。
次回予定「バステト神官団 2」
この町を支配する神官団とは…




