ネフェル 2
神の力が湧き出すという、魂の井戸とネフェルの関係とは
「あまり覗き込まない方が良い。この穴は『魂の井戸』と呼ばれている。オシリス神がおわす冥界へと繋がる穴。落ちれば冥界行き」
石壁に手を掛け、中に覗き込むフィルにネフェルが注意した。
「確か、オシリス神は豊穣と再生の神だと聞いたんだけど?」
「再生とはすなわち死して後に再び生き返ること。オシリス神は冥界の王。オシリス神の力はここから溢れ、ネフェルを通して地上にもたらされる」
淡々とネフェルは答える。さっき襲いかかってきたミイラ兵も、オシリス神の再生の力で蘇った死者…ネフェルと魂の井戸を守る不死の護衛といったところか。全員、フィルが消滅させてしまったけれど。
「ネフェルがこんな所で寝ていたのも、そのためなの?」
「そう。夜の間にネフェルを通して神の力が地上に満ちる」
ホルエムはネフェルが魔術の中心だと語っていたが、正確にはこの魂の井戸が魔術の源泉で、ネフェルはそれを地上へと送る中継役を担っているようだ。
「そういうことか…」
フィルの疑問のひとつはこれで解けた。ネフェルが魔術の中心であるとは聞いたが、だからと言って神殿に閉じ込めておく必要があるとは思えなかったのだ。
信仰の面では神殿にいる必要があるだろうが、神殿から生涯出てはいけないなどという厳しい制限を課す理由がわからなかった。
ネフェルが神殿から出られない理由、それは魂の井戸の存在だったのだ。魔術を使うためには、力の源泉である魂の井戸と中継役のネフェル、両方が揃っていなければならない。だからネフェルは井戸のある神殿から出ることが許されない。
「ネフェルは、それでいいの?」
フィルは尋ねる。訊いても意味のない質問だと、自分でも思った。それがネフェルの役割であり、国にとっても大切な役割だ。ネフェルが嫌だと言ったところで許されるものではないし、何よりネフェル自身がその役割を受け入れている。
「フィルが何を訊きたいのかわからない」
やはりというか、ネフェルは首をかしげる。フィルは小さくため息をついた。
ネフェルは真面目で素直な少女だ。少し話をしているだけでそれがわかる。だから、ネフェルがこんなところに縛り付けられていることに腹立たしく感じた。
魔術は確かに国の発展に有用なものだろう。けれど、たった一人の少女を人柱のようにして栄える国を、フィルはおかしいと思う。
この国の人間は、魔術は国を栄えさせるのに欠かせないと思っているのかもしないが、かつてのサエイレムは魔術なんてなくても、数百年も栄えた。
最初こそ、九尾とティフォンという神獣の力に守られていたサエイレムだが、フィルとリネア、そしてメリシャが退いた後も、人間と魔族の融和を願ったフィルの想いの通り、人間と魔族たちは争うことなく国を繁栄させていったのだ。
それは、総督として、女王として、サエイレムの礎を築いたフィルの密かな誇りだった。
もちろん、外から来た者にいきなり魔術に頼るなと言われても、メネスの人間にとっては余計なお世話だろう。それでもフィルはネフェルの境遇が気に入らない。
「ネフェル、少し散歩に行こうよ。ホルエムはここで留守番ね!」
フィルは、その場で九尾の狐の姿になった。目を見開き、最大限の驚きを示すネフェルの襟首を咥えて、ポイッと背に乗せ、地下から地上へと走り出る。
「フィル、神殿から出てはダメ。ネフェルは…」
慌ててフィルの毛皮にしがみつきながら、ネフェルは声を上げる。
「大丈夫。しっかり掴まっていなさい」
地上に出たフィルは、地面を蹴って夜空へと舞い上がった。オシリス神殿が真下に広がる空中で、フィルは足を止める。
「ネフェル、わたしはあなたを神殿から解放したいと思う」
「そんなこと、ネフェルは望んでいない。ネフェルが役割を捨てたら、国が傾く」
「いいじゃない。ネフェル一人の支えが無いと立っていられない国なんて、とっとと傾いてしまえばいいのよ」
「ダメ、そんなことしたらみんな困る」
ポカポカとネフェルはフィルの背を叩く。だが、その力は弱々しかった。
次回予定「ネフェル 3」
相変わらず、可愛い女子に甘いフィル様…




