謁見 2
近衛兵の剣がメリシャに迫る!
ズシャリと肉を絶つ湿った音がした。
何人かが息を呑む音、そして短い悲鳴が交錯する。
だが、メリシャの身には傷ひとつついていない。
メリシャに斬りかかった近衛兵の方が袈裟掛けに大きく斬り裂かれ、激しい血しぶきを上げて玉座の足元に転がっていた。
フィル…いや金色の瞳を輝かせた妲己が、メリシャの前に立って大刀を振り抜いていた。とどめとばかりに妲己は再び大刀を大きく振り被る。
「ありがとう、妲己。それくらいでいいよ」
タイミングを計ったようにメリシャが声を上げ、振り下ろされようとしていた大刀の刃がピタリと止まった。
「あなたを殺そうとした相手よ?助けていいの?」
半分振り返って尋ねる妲己に、メリシャはこくりと頷く。
「メリシャがそう言うなら、それでいいわ…」
すうっと、空気に溶けるように妲己が手にしていた大刀が消える。そして妲己は足元に倒れている近衛兵の脇にしゃがんだ。
「感謝なさい。メリシャが殺すなって言うから、命だけは助けてあげる」
小さくつぶやき、近衛兵の身体に手をかざす。パッと金色の光が溢れ、妲己に切り裂かれた近衛兵の傷が止血された。完全に治すところまではしないが、命は助かるだろう。
妲己は、立ち上がって周囲を威圧するように一睨みすると、大人しく後ろに下がった。
元通り跪いて顔を伏せた瞬間、スッと瞳の色が赤に戻る。半分振り返ったメリシャの視線に気付いて、フィルは一瞬だけ微笑みを浮かべた。
ウナスを始め、その場にいたメネス王国の要人全員が呆然とした表情でその様子を眺めていた。
一瞬で近衛兵を斬り捨てた武技も驚きだが、完全に致命傷だと思われた傷さえ治癒してみせたのだ。
驚いたのはシェシやセベク、セケムも同じだった。シェシは召喚儀式の時に治癒されているが、その時は意識を失っており、九尾の力による治癒を見るのは初めてだった。
「ウナス様、これはどういうことでしょうか。隣国の王に問答無用で刃を向けるのが王国の礼儀なのですか?」
メリシャは冷静な口調で、玉座の上で顔を強張らせているウナスに言う。
「いや、そういうわけではない……ケレス、これはどういうことなのだ?」
「…陛下、ヒクソスは我が国に従属する立場。その王が陛下と対等を主張するなど、王国への反逆と存じます故…」
やや顔を青ざめさせながらも、ケレスはウナスに答える。
「うぅむ……だが、メリシャ王にはホルエムを丁重に送り届けてくれた恩義もある。いきなり斬りかかるなど、余の品位を疑われるのではないか?」
流石に今の行為は乱暴に過ぎるとウナスも感じていた。ホルエムの言う通り、ウナスは基本的に穏健な男なのである。実を言えば、シャレクが殺された時も、ウナスはその場にいなかった。
「…はっ…面目次第もございません」
やや口元を歪めながらもケレスは引き下がる。ウナスは玉座から立ち上がり、上段から降りるとメリシャの前に立った。その行為に、居並ぶ要人達が目を見開く。
「メリシャ王、先程の蛮行、済まなかった。それに、蛮行を働いた余の家臣を助けてもらったこと、そして、ホルエムを助けて下さったこと、心から礼を言う」
さすがに頭こそ下げないが、ウナスはメリシャに謝罪と感謝の言葉をかけた。
ウナスがメリシャと同じ立ち位置で言葉を交わしたことは、メリシャを対等の王と認めたに等しい。王国の要人たちも王の行動に驚きつつも認めざるを得なかった。
「ウナス様のお言葉、嬉しく思います」
メリシャも微笑みを浮かべて応じた。
続く会談の中でも、メリシャはホルエムが捕らえられる切っ掛けとなった王国軍の侵攻と敗走の件にはあえて触れなかった。
メネス王国の中で、先の敗走のことがどのように伝わっているのかわからないが、ここまでのウナスの様子からすると、ウナスにはその事が知らされていないとメリシャはみている。
先程、ウナスは『ホルエムを助けて下さった』と言った。おそらく事故か何かでホルエムが行方不明になってしまったかのように、ケレスあたりが報告を改ざんしているのだろう。
有無を言わせずメリシャを殺そうとしたのも、王国軍が敗走しホルエムを捕虜にされたという大失態を口封じしたかったのかもしれない。
それを考えれば、ホルエムも戻ってこない方が、ケレスにとっては都合が良かったのだろうが…。
まぁ、王国としては公にしたくない敗戦であるのはわかるし、こちらもフィルの力に頼っての勝利をあまりひけらかしたくもない。
とりあえずは属国扱いを解消するという目的は果たしたのだから、この場はこれで良しとしよう…メリシャは内心ホッと息をついていた。
次回予定「謁見 3」
続くウナスとの会談、メリシャは次の一手を打つ。




