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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第1章 ヒクソスの新王
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メネス王国へ 2

メネス王国に向かう船の上にて。

「メリシャ様、見えました。あれがメンフィスです」

 船縁からシェシが指さす先、そこには石造りの壮麗な都市が広がっていた。


 河岸には大きな切石が積み上げられた船着き場があり、多くの船が荷の積み卸しを行っていた。かつてのサエイレム港の賑わいを思い出し、メリシャも思わず身を乗り出す。


 船着き場の向こうには、黄土色の街が広がっていた。もちろん緑も多いが、多くの建物が茶色のレンガや白っぽい石材で造られているため、全体として黄色っぽく見える。

 比べては悪いが、ヒクソスの都アヴァリスから見れば立派、サエイレムから見れば簡素な街。メリシャの目にはそう見えた。

 立ち並ぶ家々の奥には、白く輝く石造りの高い城壁がそびえている。あれが王城なのだろうか。サエイレムのように街全体を囲む城壁はないが、王城の防備は厳重なようだ。


 メリシャは、あらかじめメネス王国の政治体制についてホルエムから話を聞いていた。

 現王の名はウナス。王国において王は『ファラオ』と呼ばれ、神の現身、神の子とされる。ファラオの下には、王政府、軍、神官団の3つの組織があり、王政府が政治行政、軍が国防と治安維持、神官団が信仰と司法を担っている。


 ホルエムの話では、ウナスは穏健な人物ではあるが、神殿などの大規模な建築物の造営に熱心で、政務には感心が薄いらしい。実質的に政務を取り仕切っているのは、宰相のケレスだということだった。

 とすれば、属国関係の解消を宣言した時、最も難色を示すであろうのはケレス。軍事を束ねる将軍アイヘブもヒクソスの戦力を見極めようとするだろう。


 本人には悪いが、ホルエムを無条件に帰すという手札がどれくらい効果的なのかは未知数だ。

 父であるウナスは喜ぶだろうが、ケレスあたりは、そのまま処刑してくれたほうが都合がいいと思っている可能性だってある。

 さて、王国の首脳がどんな反応を示すか。その時にどう立ち回るのが効果的か…。メリシャは近づいてくるメンフィスの街を眺めながら、考えていた。


 シェシとメリシャから少し離れた船縁では、フィルがホルエムと並んで景色を眺めていた。

「街は川の東岸にしかないの?西岸にも大きな建物はあるけど…ずいぶん差が激しいのね」

 不思議そうに尋ねるフィルにホルエムが答える。

「メネス王国では、大河イテルの東岸は生者の土地、西岸は死者の土地と考えられている。だから、メンフィスの市街は東岸に、神殿や墓所は西岸に造られているんだ」


「ふーん」

 フィルは巨石で造られた列柱や石像が建ち並ぶ西岸の様子を眺める。それなりに人の姿は見えるが、皆粛々と行き交うのみで静けさに包まれている。


「ホルエムが言っていたオシリス神殿は、あっちにあるの?」

「あぁ。…あそこに大きな石の柱が立っているだろう?あそこがオシリス神殿だ」

 魔術の中心、ホルエムからそう聞いた場所だ。フィルは少し目を細める。


「なるほど、そこに巫女長がいるのか…彼女がいなければ、メネス王国の魔術は使えなくなるのよね…」

「フィル!頼むからネフェルには何もしないでくれ」

 ぼそりとつぶやいたフィルに、ホルエムは慌てて言った。


「しないわよ!」

 心外だと言わんばかりにフィルは頬を膨らませる。


「…なに?ホルエムは巫女長…ネフェルと親しいの?」

「う、うむ…ネフェルは乳母の娘で、幼い頃は一緒に育った…だが、巫女長になってからというもの、ネフェルは神殿に閉じ込められているようなものだ。…何とかしてやりたいんだが」

 少し顔を赤くするホルエムに、フィルは意地悪そうな笑みを浮かべる。


「そうなんだ、ホルエムはネフェルが好きなんだ」

「…っ!」

 ホルエムは赤面して黙り込む。ちょっとカマをかけたつもりだったのに、あまりにも直球の反応でフィルの方が逆に驚いた。


「ごめんごめん。…でも、巫女長っていう立場だと、たぶん、婚姻とか、そういうのダメなんだよね?」

「あぁ、フィルの言うとおり。巫女長は神に身を捧げたとされる。会いに行くのさえ簡単じゃないんだ…」

 寂しそうに言うホルエムを、フィルは見上げた。


「わたしをネフェルに会わせてくれない?」

「…なっ!」

 思わず声を上げてしまい、ホルエムは慌てて声のトーンを落した。


「無茶を言うな。いくら俺でも、ヒクソスの者をオシリス神殿に連れて行けるはずがないだろう!」

「そんなことわかってるわ。こっそりよ、こっそり。わたしが九尾になれば、空から直接神殿に忍び込めるし、夜ならまず見つかることもないでしょう。ホルエムは、ネフェルの所までの案内と、わたしの紹介をしてくれればいいよ」

 呆れたように腰に手を当てて、フィルは言う。


「俺も一緒に行っていいのか?」

「嫌なの?」

「いや、そんなことはない!ぜひ頼む!」

「なら交渉成立ね。よろしく」

 にこりと笑って、フィルはホルエムの肩を軽く叩いた。

次回予定「メネス王国へ 3」

メネス王国の王都メンフィスに到着。

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