メネス王国へ 1
ヒクソスの宿敵、メネス王国とは…
青い空の下、大河イテルを進む一隻の船があった。
船首と船尾が高く跳ね上がった意匠をもち、船体中央に立てられた1本のマストに葦の茎を編んだ四角い帆が張られている。
追い風に押されて川の流れに逆らいながら、ゆったりと進む船は、大河イテルの上流にあるメネス王国の都、メンフィスへと向かっていた。
「どうして、俺たちが護衛に選ばれたんだろうな」
「メリシャ王を殺そうとした罰なんだろ…いざって時には盾になれってことなんじゃないか?」
船尾近くに設けられた貴賓用の天幕。その入り口の両脇に立つ双子の戦士、セベクとセケムは浮かない表情で会話を交わしていた。
彼らは、ウゼルの部族の戦士である。フィルとの決闘でウゼルが負けたのを見て、思わずメリシャに斬りかかったのだ。
むろん、ヒクソスにとって決闘が神聖なものであることは重々承知している。
しかし、神官長サリティスがセト神の現身だと言って連れて来た若い女は、どう見ても人間にしか見えなかった。憎むべき人間を王に据えるくらいなら、死罪も覚悟で…というのが彼らの心情だった。
後で、ウゼルから彼女たちが人間ではないと聞かされたものの、やはり信用しきれてはいなかった。
そこに起こったのがメネス王国軍の侵攻である。ウゼルの護衛を外され、兵舎で謹慎していた彼らは、王城から南へと飛び去る金色の獣と赤い巨竜の姿を見た。
フィルたちは、その日のうちに王国軍の先遣隊100人を全滅させ、更に王国軍の本隊を追い返し、メネスの王太子を捕らえて戻ってきた。そして今回は、メネス王国に属国解消を叩きつけに行くのだという。
彼女たちが姿を現して、まだ10日ほどしかたっていない。それなのに、これまで何十年もの間、ヒクソスの王も戦士たちもできなかったことを易々とされてしまっては、もはや認めるしかない。
彼女たちは、神官団が召喚した本物の神の現身なのだ。
そんな彼女たちに誤解とは言え刃を向けてしまったことを、彼らも後悔し始めていた。
ウゼルから、メネス王都に向かうメリシャ王の護衛に指名されたと聞いた時は、信じられない思いだった。だが、護衛として付く戦士はセベクとセケムの二人だけだと聞かされ、これは罰なのだと思った。
王が外国に赴くのに、最低限の体裁を整えるだけの随行、そして何かあった時の捨て石。重罪を犯してしまった自分たちの立場はそんなものだろうと思った。
「…メリシャの護衛は不満なのかな?」
いつの間にか、二人の後ろにフィルが立っていた。
「いえ、決してそのようなことは…」
慌てて姿勢を正す二人に、フィルはくすりと笑った。
「ところで…セベクとセケムだったわね。二人はメネス王国軍と戦ったことある?」
「はい。たった一度ですが…」
セベクは悔し気に顔を歪めた。
メネスの属国にされて以降も、メネスからの過大な要求に耐えかねたヒクソスが反乱を起こし、王国の軍勢と戦になったことは幾度もある。
だが、結果はいずれも敗北。王国の要求はより過酷となり、今では反乱を起こす余力さえない。先王が殺されたというのに、その報復すらできなかったのは情けないの一言に尽きた。
「どうして、ヒクソスは勝てないと思う?たぶん、一人一人の戦士としての力量は、王国の兵よりヒクソスの方が優れていると思うよ。でも勝てない。それはどうして?」
「王国軍は卑怯です!一騎打ちを挑んでも多くの兵に取り囲まれ、討ち取られてしまいます」
セケムが言った。うん、とフィルは頷く。
「卑怯、か…そうだね。でも、ヒクソスは獣人としての能力がある。元々身体能力は人間より高い。そんなヒクソスが人間に一騎打ちを挑むのは卑怯じゃないの?一人では勝てない相手に勝てるだけの人数で当たるのは卑怯なの?」
批判するではなく、淡々とフィルは言う。
「戦争は試合や決闘じゃない。戦士の後ろには守るべき民がいる。戦争に負ければ民を守れない。だから、勝てない戦争はしてはいけないし、より確実に勝つ方法を考えなくちゃいけない。わたしはそう思う」
「しかし、代々ヒクソスはそうやって戦ってきました!」
思わず声を大きくするセベクに、フィルは少し眉を寄せた。
「セケムもそう思う?」
「はい。ヒクソスの戦士は、ひたすらに己の武技を磨いてきました。それが誇りです」
「…そう」
フィルは二人をじっと見つめる。
「セベク、セケム、これから行くメンフィスで、王国の姿をよく見ておきなさい。戦う相手の姿を正しく知っておくことは大事なことだよ」
そう言って天幕の中へ入っていくフィルに、二人は顔を見合わせた。
次回予定「メネス王国へ 2」
メリシャたちは、メネスの王都メンフィスに到着します。




