王太子の処遇 3
ホルエムをどうするか…メリシャの考えは?
三人の様子を黙って見ていたメリシャは、隣に座るシェシにそっと囁いた。
「シェシは、ホルエムをどうするのがいいと思う?」
「メリシャ様…?」
シェシは、不思議そうにメリシャを見上げた。
「ホルエムをどうするのが、一番、ヒクソスのためになるかな?」
ようやく、メリシャが自分に意見を求めているのだと気付いたシェシは、表情を曇らせる。
「…シェシには、わかりません…」
「自信がなくてもいいから、シェシが思っていることを聞かせてほしい。大丈夫、決めるのはボクだから、シェシは心配しなくていいんだよ。良くないと思えばダメだって言うから」
メリシャも、フィルから度々『どうしたらいいと思う?』と訊かれたものだ。
もちろん、未来視の能力は使わないように言い聞かせられていたから、メリシャはフィルの問い掛けに自分で考えて答えるしかなかった。
色々とダメ出しもされた一方で、フィルはメリシャの意見をそのまま採用してくれることもあった。…結果、うまくいかなかったこともたくさんある。
しょんぼりして謝るメリシャを、フィルはいつも優しく撫でてくれた。
最終的に決めたのは自分だから、メリシャが謝る必要なんてない。でも、いつか王様になったら、メリシャが決める役目と責任を背負わなければならない。だから、今のうちにたくさん失敗しておけばいい。うまくいかない時は、わたしが何とかするから。
フィルはそう言って笑っていた。
…ボクもシェシにそんなふうにしてあげたい。メリシャはそう思った。
「…はい…」
シェシは少し目を伏せて黙り込む。そして緊張した表情で口を開いた。
「王国には身代金を要求せず、ホルエム様には、そのまま王国に帰って頂いた方がいいのではないでしょうか」
「どうしてそう思うの?」
メリシャの表情は動かない。じっとシェシを見つめて理由を問う。
「ホルエム様を処刑したり、お金を要求したりすれば、メネスの人たちはヒクソスを憎むと思います。父を殺され、メネスを憎む今のヒクソスと同じです」
ホルエムがヒクソスに殺されることを願っている者もいるだろうが、メネスの国民や末端の兵たちは、シェシの言うとおり、ヒクソスへの感情を悪化させるだろう。
シェシはそれをヒクソスと同じと言ったが、感情の悪化はより激しくなるとメリシャは考えている。
もちろん、前王シャレクを暗殺されたヒクソスでも、メネスへの怒りと憎しみは燻っている。
しかしその反面、これまで過酷な支配から、メネスから理不尽な扱いを受けるのは仕方ないという諦めの感情もどこかしらにある。それが憎しみの感情を、ある程度抑制していた。
だが、メネスは逆だ。自分達の下に見ていた者たちが反抗した、飼い犬に手を噛まれたと受け取れば、感情的な怒りや憎しみは一層激しくなる。
メネスの国民感情がヒクソス憎しに傾けば、人間とヒクソスの融和など、夢のまた夢だ。
「ホルエム様は、ヒクソスに悪い感情をお持ちでないように思いました。ホルエム様は王太子です。王国の中でヒクソスの味方をしてくる人たちの中心になってもらえたらいいと思います」
ヒクソスと人間が手を取り共に生きられる国にしたい、メリシャたちが目指すものを、シェシも理解している。
相手を殲滅するのでない以上、相手の中にも味方を広げていかなくてはならない。その中心になってくれそうなホルエムを害するのは、ヒクソスにとって致命的な悪手なのだ。
「そうだね。ボクもそれがいいと思う」
シェシの意見に、メリシャは微笑んだ。
ただ、それだけではヒクソスの内部に不満がたまる。理想はともかくメネス王国への恨みは深い。それを抑えるには、多少の賠償をもぎ取るよりも、もっと大きなものが必要だ。だが、それはホルエムと引き換えでなくても手に入る。
「ボクは、ホルエムをこのまま王国に帰そうと思う」
メリシャは、議論が行き詰まり、黙り込んでいたサリティスたちに提案した。
「メリシャ様、しかしそれでは…!」
「シェプトの言いたいことはわかってるよ」
シェプトを制し、メリシャは話を続ける。
「ただ帰すわけじゃない。メネス王都メンフィスにホルエムを送り届ける時に、ボクとフィル、リネア、シェシも同行する。ヒクソスの新王として隣国の王に挨拶しておく必要もあるしね。そして、その場でボクからメネスの王に属国関係の解消を宣言するというのはどうかな?」
『それは…!』
発した言葉は同じだったが、ウゼルは喜色、シェプトは困惑、そしてサリティスは不安、それぞれの表情を浮かべていた。
次回予定「王太子の処遇 4」
メネスとの属国関係の解消、ヒクソスの悲願にメリシャが切り込む。




