王太子の処遇 1
ヒクソスに捕らえられたホルエムは…
「ホルエム、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「フィル、来るなら来るで先触れなりするつもりはないのか?」
リネアと一緒にやってきたフィルに、ホルエムは、呆れたように応じた。
庭園に面したテラスで剣の素振りをしていたため、上半身裸だ。そこへふらりとやってきたフィルは、ホルエムの姿を見ても平然としている。
互いに名前を呼び捨てにしようと言い出したのもフィルの方だ。
「何?恥ずかしいの?じゃ、待っててあげるから何か着たら?」
腰に手を当て、しょうがないわね、と言わんばかりに眉を寄せるフィル。
着替えを手伝ってくれる侍女たちならばともかく、それなりの身分がある女性なら、女性の方が目を背けるものではないだろうか。少なくともメネスの王城ではそうだったのだが。
「こほん…失礼した。それで、訊きたいこととは?」
軽く汗を拭ってシャツを着たホルエムは、すでに長椅子に腰を下ろしているフィルとリネアの向かい側に座った。
ホルエムがアヴァリスに連れて来られてから5日。ホルエムは王城の一室にいた。もちろん牢獄ではない。部屋の入り口には見張りがいて勝手に出ることはできないが、部屋の中にいる限りは特に行動は制限されないし、食事も決して悪いものではなかった。
「わたしが先遣隊の連中を燃やした時、『魔術だ』って騒いでる声が聞こえたんだけど、『魔術』って何なのか、教えてもらえない?」
フィルは単刀直入に尋ねた。
「…フィルが兵たちを燃やしていたあの青白い炎は、魔術ではないのか?」
「狐火は九尾の力だから、あなたたちが言う魔術とは違うと思う」
フィルは、ポッと指先に小さな狐火を灯してみせる。
フィルたちが、元の世界では神に連なる者だったと聞いたホルエムは、驚きつつも納得した。
九尾の姿を見ている以上、神なのかはともかく、彼女たちが人ならざる者であることは信じるしかない。フィルの横に静かに控えるリネアもまた、フィル自身すら勝てないほど強いという。
だがこうして話す限り、彼女たちは人と何ら変わりは無いし、ホルエムに対しても気さくに接してくれる。正直、多くの者にかしずかれて暮らすこれまでの生活よりも、ホルエムは心地よく感じていた。
「俺も魔術師ではないからあまり詳しい訳ではないが、魔術というのは神の力の一部を借り受けるものだと教わったな」
「神の力、ね……例えばどんなことができるの?」
「メネスが信奉するのは豊穣と再生の神オシリス。その力を借りるのだから、豊作をもたらしたり、怪我や病気を癒やしたりといったことが多い。主には神官団の仕事だ」
「なるほど。戦いに役立つようなものはないの?」
フィルの質問に、ホルエムは困ったように眉を寄せた。
「数は少ないが、魔術師と呼ばれる者もいて、人を討つような術も使える。魔術師は要人の側近として護衛を兼ねていることが多いな」
「軍の所属じゃないんだ?」
「あぁ、我々が戦う戦場では魔術が使えないから、魔術師は軍には配属されていない。…ただ、一般の兵たちはそんなことまで知らないから、フィルの不可思議な力を見て魔術だと叫んだのだろうな」
「どういうこと?」
戦場では使えない?フィルは首をかしげる。
「魔術は神の力を借りる。だから、力の源たるオシリス神殿に近いほど効果が強く、離れるにつれて弱まっていくんだ。今のメネス王国の場合、軍が出動する戦場は大抵の場合、神殿がある王都メンフィスから離れていて、魔術の使える範囲の外になる。だから、軍に魔術師の部隊はいない…例えば、敵の軍勢が王都メンフィスにでも攻め寄せてくるようにことがあれば、魔術での反撃も有り得ると思うが」
「なるほどね…でも、そんな弱点みたいなこと、わたし達に話しても良かったの?」
「何を今更。…フィルたちの力で攻められたら、魔術があっても無くても王国は負ける。フィルだけでも勝てそうにないのに、リネアはもっと強いんだろう?」
呆れたように言うホルエムに、フィルとリネアも苦笑を浮かべた。
次回予定「王太子の処遇 2」
フィルは、メネス王国の魔術に興味をもちます。




