序章-ふたたび始まるまつりごと 2
全く知らない世界に呼び出され、目の前には瀕死の少女、一体何が起こっているのか?
「大丈夫?…わたしのこと、わかる?」
呼びかける声に、シェシはゆっくりと目を開けた。自分を見下ろす紅い瞳。金色の髪の間からは三角形に尖った獣の耳が突き出していた。
ジャッカルの頭を持つ神セトに違いない、シェシは思った。
「か、神様…?」
よかった。召喚は成功した。これでいい、自分の死は無駄にならなかった…
「もう痛くないでしょう?しっかりしなさい!」
「…え?」
ぎゅっと手を握られる感触。間近から自分を見つめる少女にシェシは困惑した。
命と引き換えに神を召喚したのだ。召喚が成功したのなら、自分は死んだはず。
…なのに、どういうわけかまだ生きている。身体のどこにも痛みもなく、腹に手を当ててみると短剣を 深々と刺したはずの傷もない。しかし、着ているワンピースの腹の部分は確かに裂けたままだった。
「シェシは…生贄になって…」
「生贄…?」
シェシのつぶやきに、すっと紅い瞳が細められた。
「こんな子供を生贄にするなんて、何を考えている!」
立ち上がり、呆然としている神官たちを怒鳴り付ける金髪の少女。
その姿に、シェシは慌てて身を起こし、少女にすがりついた。
「お願いします、神様、怒りをお鎮め下さい。シェシは自分から生贄になったのです。神様、どうか我らヒクソスに力をお貸しください。そのためなら、シェシは喜んでこの身を捧げます!」
「…かみ、さま?」
驚いた表情で繰り返し、少女はシェシを見下ろす。
「フィル様、これはどういうことでしょう?」
周りを警戒していた栗色の髪の少女も、困惑したように言う。祭壇の周りでは、神官も民たちも一人の例外もなく、額を地面にこすりつけるようにその場に平伏していた。
「えーと…神様って、わたしたち?」
「はい。そのジャッカルの耳を持つお姿は、シェシたちが信じる神セトに間違いありません」
自分を指さして言う金髪の少女に、シェシはこくりと頷く。
少女は困ったようにため息をつき、頭の上でピンと立つ金色の毛並みに覆われた耳を一撫でした。
「ジャッカルじゃなくて、狐なんだけどなぁ…」
「きつね…?」
「フィル、…ボク達、もしかしてこの世界に呼ばれちゃったんじゃないかな?」
灰色の髪の女性が、立ち上がってパンパンと服の裾をはたく。
「あー、なるほど、そういうことね…」
祭壇の様子を見回した金髪の少女は、軽くため息をついた。
「フィル様、何か事情がありそうです。まずは話を聞いてあげませんか?」
栗色の髪の少女が、穏やかに微笑む。
「そうだね。ここに呼ばれたのも何かの縁だし」
金髪の少女は、シェシの手を優しく引いて立ち上がらせる。
「あなたの名前は、シェシでいいの?」
「は、はい!」
金髪をした獣人の少女がフィル、栗色の髪をした獣人の少女がリネア、そして灰色の髪の女性がメリシャ、彼女たちはそう名乗った。
「シェシ、わたしたちを神様って呼ぶのはやめてくれる?フィルって呼んでいいから」
「は、はい…あの、ごめんなさい…フィル様」
「……シェシ、あなたの召喚儀式に呼ばれて、わたしたちはこの場所に来た、そうなのよね?」
「はい…セト神を召喚するための儀式をしました」
フィルの声は決して怒ってはいなかったが、シェシは返事をしながら俯いてしまう。
彼女たちはヒクソスを助けてはくれないのだろうか。それでは、ヒクソスはどうなってしまうのだろうかと不安がこみ上げてきたのだ。
「シェシ、神様に頼らなくちゃいけないほど、困っていることがあるんでしょう?…とりあえず話を聞かせてくれない?」
軽く苦笑を浮かべたフィルは、シェシを抱き寄せ、頭を優しく撫でる。
シェシの視界がぼんやりと滲み、大粒の涙がこぼれだした。
次回予定「序章-ふたたび始まるまつりごと 3」
シェシが命をかけて神を召喚しようした理由とは?




