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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 終章-そして、再び。
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なつかしい面影

無情に時は流れ、大切な人々との別れもまた避けられない。

しかし、受け継がれるものある。

 旧サエイレム総督府。

 今はサエイレム王宮となっているその場所には、王宮にありがちな物々しい高い塀や頑丈な門はない。  

 美しい泉が設けられた前庭は、誰もが自由に出入りして良く、そこで歌うセイレーンたちの姿はサエイレムの名物となっていた。


 だが、決して無防備なのではない。敷地全体に渡ってアラクネ族のパエラにより考案された、極細の糸を駆使した警戒網が張り巡らされており、アラクネ族から選抜された精鋭の戦士たちが密かに監視に当たっている。


 この仕組みを整えたパエラは、総督だった頃から初代女王に護衛として仕えた。

 彼女は、要職に就くことなく、一個人として初代女王の側にいることを望み、終生、初代女王の親友であり続けたという。


 サエイレム王宮を守る陰の戦力がアラクネ族だとすれば、王宮と王都サエイレムを守る陽の戦力が近衛軍団である。かつてのエルフォリア軍第二軍団がその前身であり、女王直轄の軍団として王宮と王都を防備する特別の精鋭であった。


 その近衛軍団に属する部隊の一つを任された部隊長であるエリシアは、王宮の前庭を見回っていた時、ふたり連れの少女に出会った。


 エリシアは20歳。銀髪碧眼の美しさとは裏腹に、若いながらサエイレム王国軍の中でも指折りの戦士であった。


 彼女が手にしている武器は、長い柄に幅広の片刃剣のような刀身を取り付けた大刀と呼ばれるもの。

 その大刀を用いる武術は、女性の身で王国の近衛軍団長にまで上り詰めたエリシアの曾祖母が得意とし、祖母、母、そしてエリシアへと一子相伝で受け継がれている。

 長年の修練の末、ようやく母に認められ、曾祖母から伝わるという家宝の大刀がエリシアに譲られたのは、ほんの半年前。

 武門の家系であるメリディアス家では、この大刀を受け継ぐことが次代の当主の証とされ、初めて一人前の武人と見做されるのだ。


 ふたり連れの少女の一人が、エリシアが手にした大刀をじっと見つめている。

「それ、あなたの武器?」

「えぇ。我が家に代々受け継がれているものですが、何か…?」

 年上の者に対してはやや不躾とも思える口調で少女は尋ねる。だが相手は一般市民。守るべき市民に対しては丁寧な対応を心掛けるのが、サエイレム王家エルフォリア家の古参の臣たるメリディアスの心得である。


「そう…お名前を伺っても?」

「私は、エリシア・メリディアスと言います」

 それを聞いた少女の瞳が、少し揺れた。…あなたが、エリンの…と、小さなつぶやきが聞こえた気がしたが、少女は優しい笑みを浮かべてエリシアを見つめる。


「その武器、少し見せてもらえないかしら?」

「申し訳ないが、これは私の命にも等しいものです。遠慮して頂きたい」

 さすがに無遠慮と思える少女の言葉に、エリシアは少し固い声で答えた。


「…そうよね。では、代わりにわたしと少し手合わせてしてちょうだい」

 気が付くと、少女の手にもエリシアのものとよく似た大刀が握られていた。サイズも意匠も瓜二つと言っていいほどそっくりだ。

「あなた、それをどこで…!」

「行くよっ!」

 少女の紅い瞳が金色に変わった。同時に、信じられない速さで飛び込んできた少女が、横殴りに斬撃を放つ。


「…っ!」

 もしかすると、自分の師匠である母よりも速いかもしれない。辛うじて斬撃を受止めたエリシアは、次にその攻撃の重さに驚く。まとも受けたら体勢を崩される。反射的に刀身を逸らして、斬撃を受け流した。

「あなたは、一体…?!」


 大刀を構え直した時には、すでに少女の第二撃が頭上に迫っていた。無理に受け止めることはせず後ろに下がって攻撃を避け、エリシアは着地した少女に向けて大刀を突き込んだ。それを下からすくい上げるように少女の大刀が弾く。

 エリシアの攻撃をくぐるように身を屈めて肉薄した少女は、エリシアの脇腹に向けて回し蹴りを放った。体術で来るとは思わなかったエリシアは、その蹴りを辛うじて避けたものの、乱れた体勢から反撃に転ずることもできず、後ろに下がって間合いを取る。


 強すぎる…エリシアは戦慄した。自分と同じ武器を使いこなすだけでなく、速さ、攻撃の重さ、身のこなし、どれを取っても自分の上をいく。こんな、まだ成人したかどうかという年頃の少女が。


「どうした?あなたの力はそんなもの?そんなんじゃ、エリンが嘆くわよ」

「くっ…!」

 尊敬する曾祖母の名を出され、エリシアは奥歯を噛みしめて大刀を構え直す。

 …こうなったら…エリシアは、地面を蹴った。大刀を構えて少女に突進する。

 少女もエリシアを切り伏せるべく待ち受ける。

 攻撃の間合いに入った瞬間、エリシアは大刀を振り上げ、少女に向かって袈裟斬りの斬撃を放った。自分の胴体に隙ができるのを承知での半ば捨て身の攻撃だった。少女は待っていたかのように隙のできたエリシアに向けて大刀を水平に薙ぐ。


「そこまでです」

 ガッと鈍い音がして、二人の大刀が受け止められていた。受け止めたのは、黙って成り行きを見ていた狐人の少女。双方の大刀を素手で受止めている彼女の両腕には、赤褐色の鱗のようなものが浮かんでいた。


「妲己様、少しやり過ぎですよ」

「ごめんごめん。つい熱くなっちゃった」

 すぅっと少女の瞳が金から紅に戻った。狐人の少女は、腕を引いて一歩下がる。二人の斬撃を受止めたその腕は、傷一つない白い肌に戻っていた。


「エリシア様も、そのような捨て身の攻撃はいけません。本当の戦いであれば、今の一瞬でエリシア様は両断されていました。…そのような戦い方、エリン様がご覧になったら叱られますよ」

「申し訳ありません。私もつい…」

 冷静に、だが優し気な口調で告げる狐人の少女に、頭の冷えたエリシアも、素直に頭を下げた。

 ふと気が付けば、周りは騒然としている。ここは王宮の前庭、周囲には他の市民や警備の兵もいる。注目されるのは当然だった。


「フィル!リネア!久しぶりー!」

 そこへ、王宮から一人の女性が走り出てきた。見た目はエリシアと同じくらいの歳格好の女性。だが、それはエリシアが生まれる前からこの国の女王として君臨する女性だった。慌てて追いすがる侍女や護衛兵を引き離す勢いで走ってくる。


「女王陛下!」

 エリシアは慌てて武器を降ろしてその場に跪く。周りの市民たちもエリシアに倣った。その中で、二人の少女だけが立っている。


「メリシャ、元気だった?」

「メリシャ、久しぶりですね」

 二人の少女をまとめて抱えるように抱き着き、女王はまるで子供のように二人の胸に顔を擦り付けた。

「…あの、陛下、このお二人は…まさか」

 女王がこんな風に慕う存在が、他にいるはずがない…そういえば、先ほどから曾祖母のことを直接知っているかのような口ぶりではなかったか…エリシアの身体が再び緊張する。

 

「ごめんなさい、エリシア。自己紹介が遅れたわね。わたしはフィル・ユリス・エルフォリア。もう引退した身だから、緊張しなくてもいいよ」

「私はリネア・ファム・エルフォリアと申します。エリシア様、よろしくお願いしますね」

 初代女王陛下と女王妃様…エリシアが尊敬する曾祖母、エリン・メリディアスが生涯忠誠を誓った主…!


「も、申し訳ございません!知らぬ事とは言え、とんだご無礼を!」

 エリシアは、跪いた姿勢のまま頭を下げた。


「こちらこそ、いきなりでごめんなさい。その大刀を見たら、ついエリンとの稽古を思い出しちゃって…」

「あの、初代様…」

「フィルでいいよ」

 フィルは、にこりと笑う。


「では、あの…フィル様、我が家の大刀と同じものを、どうしてお持ちなのですか?」

「大刀の使い方をエリンに教えたのはわたしだから。そして、この大刀は昔、エリンの物と二本揃いで作った物なの」

 大刀の使い方を教えたのは妲己だが、話がややこしくなるのでそこは伏せておく。


「そうだったのですか…」

 自分の大刀の由来を知ったエリシアの表情は、一瞬明るくなり、そしてすぐに曇った。

「そんな由緒ある物を受け継いだのに、私はフィル様に手も足も出ませんでした。不甲斐ないです…曾お婆様に顔向けできません」


「ふむ……エリシアが強くなりたいなら、この街に居る間、エリンの時みたいに稽古してあげてもいいけど?」

 …やるのは妲己だけどね。内心つぶやく。

(愛弟子の子孫じゃ、仕方ないわね…)

 苦笑交じりの声が答えた。


「…良いのですか?」

「もちろん」

「ぜひ、教えて下さい。このとおり、お願いします」

 エリシアはもう一度頭を下げた。人間の身でケンタウロス族とも互角に打ち合ったという曾祖母エリン。

 尊敬してやまないエリンと同じ教えを受けられるのだ。エリシアの期待は膨らんでいた。


 …エリン、やっぱりあなたの子孫ね…

 フィルは、エリシアにエリンの面影を感じていた。初めて妲己に負けて、妲己に教えを乞おうと頭を下げた時のエリンとよく似ていた。


「…エリン様を思い出してしまいます」

 リネアが、しんみりと言う。

「そうだね…寂しいと思っていたけど、少し安心したよ」


 みんなが次々と先に逝ってしまうのは、リネアが側にいてくれても、やはり悲しかった。リネアと二人で声を上げて泣き明かした夜も何度もあった。

 でも、こうして仲間たちの思いはその子孫に受け継がれている。だったら、思いが受け継がれる限り、それを見守っていこう。


「フィル、リネア、せっかく来たんだから、しばらくサエイレムにいてくれるよね?」

 もう百歳を軽く超え、見た目にはフィルやリネアより年上になっているにも関わらず、子供の頃のような無邪気な様子で、メリシャはフィルとリネアの手を取った。


「いいよ。サエイレムがどうなったのか、ゆっくり見たいしね」

「う…ちゃんとやれてると思うんだけど…」

「大丈夫。メリシャは頑張っています。ご褒美に、好きなだけ甘えていいですよ」

「ありがとう。リネア、大好き」

「メリシャ、今夜は久しぶりに三人で寝ようか」

「フィルも大好きー」

 じゃれ合うように笑う三人の姿に、彼女たちを見つめる市民たちの顔にもいつしか微笑みが浮かんでいた。

次回予定「それぞれの旅路」

主要キャラクターのその後です。

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