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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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再びの帝都

旅を終えて、フィルはサエイレムに帰ってきました。

 アルテルメからの帰路は、ロンボイの港から海路を使った。サエイレムから迎えに来た商船に乗って7日、おおよそ1月ぶりにフィル達はサエイレムに帰ってきた。


 船がサエイレム港の岸壁に接岸すると、岸壁には政務官のテミスが待っていた。

「お帰りなさいませ、フィル様。長旅お疲れ様でした」

「ただいま、テミス」

「陛下主催の誕生日パーティはいかがでしたか?」

 笑顔で訊ねたテミスに、フィルは一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。


「あ、そうか、わたしの誕生日を祝うっていう話しだったもんね」

「…?」

 不思議そうなテミスに、フィルはパタパタと手を振って苦笑する。


「ほんと、色々なことがあってね。詳しくは総督府に戻ってから話すよ。テミスにもますます頑張ってもらわないといけないから、よろしくね…あと、新しい官職も考えないと」

「フィル様、それはどういう…?」

 待たせておいた馬車にフィルを案内しながら、テミスの頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。


「パエラ、フィル様との旅は楽しかったか?」

 テミスとともに迎えにきたシャウラは、パエラにたずねる。

「うん、楽しかったけど、大変だったよー。魔族の奴隷を助けたり、フィルさまの故郷に寄ったり…」

「あぁ、グラム様やフラメア様からの知らせで読んだ。テミス様も驚いていたよ」

 ベナトリアやリンドニアでのことは、すでにそれぞれの総督代行から連絡が届いているようだ。


「アルテルメではフィルさまたちが、火を吹く山から街を守ったんだよ」

「へぇ…それは初めて聞いた。火を吹く山があるのか…あたいも見てみたかったな」

 勢いよく話すパエラに、シャウラは少し羨ましそうに笑う。


「あ、そうだ。もうしばらくしたら、フィルさま、また帝都に行くみたいだよ。今度はリネアちゃんとメリシャだけ連れて行くって言ってたけど」

 ユーリアスが式典を開くと言っていたことを思い出し、パエラは言った。今回パエラは留守番だが、フィルはその日のうちに帰ってくるらしいので、特に気にはしていない。


「そうなのか?…しばらく先まで公式行事の予定はなかったと思うが、…アルテルメで皇帝陛下と何かあったのか?」

「そーなんだよ。サエイレムは、帝国じゃなくなって、新しい国になるんだよ!」

 興奮気味に言ったパエラの言葉に、シャウラは絶句した。


 サエイレムは帝国から独立し、新たな国を建てる。それはサエイレム属州全体に大きな衝撃をもたらした。

 総督府に帰り、フィルから話を聞いた途端に、テミスがパタリと倒れてしまったり、イネスやミュリスたちハルピュイアの伝令たちが慌ただしく各地へ向けて飛び立っていったりと、サエイレム総督府は大騒ぎとなった。


 数日たつと、フィルからの知らせを読んだグラムやフラメアをはじめ、ケンタウロス族のウルドや、アラクネ族のティミア、アルゴス王国の王弟カルムまでがサエイレムに駆け付けた。


 関係者が集まった席で、フィルは自ら独立の理由を語った。


 もちろん、パエラが容疑をかけられたことは切っ掛けでしかない。本当の理由はもちろん「人間と魔族が共に暮らせる場所を作りたい」というフィルがサエイレムに来た時から掲げている目標のため。


 程度の差こそあれ、帝国に根強い魔族への蔑視や差別があるのは、アルテルメまでの旅の間にも実感した。問題なのは、それを行うのが貴族や金持ちばかりでなく、ごく普通の民衆にも当たり前になっていることだ。

 刷り込まれた価値観を変えるには時間がかかる。フィルが思っているとおり、100年単位でないと解決できないだろう。だからフィルは、まず自分の手の届く範囲から始めることにした。その方法が、サエイレム領の独立。


 魔族を不利に扱う帝国の法がある以上、サエイレムが帝国のままでは魔族との交流を進められない。何かあれば魔族ばかりが重く罰せられることになり、人間の偏見と魔族の不満を高めるだけだからだ。

 しかし、サエイレムが帝国から独立すれば、フィルの意思一つで魔族にだけ不利な扱いを改められる。魔族領とサエイレム領の間で、人間と魔族の行き来が盛んになれば、自然に互いの理解も深まる。


 当然、考え方や価値観の違いはある。交流が増えればトラブルも増えるだろう。人間も魔族も、全員が善人でもなければ、全員が悪人でもない。だから、人間と魔族に同じ権利を認め、罪を犯せば人間も魔族も同様に罰する。公平に。

 フィルは、ウルドやティミア、カルムたちに向け、魔族を「優遇しない」だが決して「蔑ろにしない」と、はっきり言い、彼らもそれを受け入れた。

 「人間から施しを受けたいのではない。フィル殿を信じ、共に生きる事を選んだだけだ」ウルドの言葉が、彼らの心情を代弁していた。 


 それから2月ほどたって、ユーリアスからの親書を携えた使者がサエイレムを訪れ、フィルは帝都へと向かうことになった。

  

「リネア、お願いね」

「はい」


 式典当日の早朝、空が明るくなり始めた頃、ティフォンの姿をとったリネアは、軽く翼をはためかせてサエイレム総督府の前庭から空へと舞い上がった。

「フィル様、お気をつけて!」

 見送ってくれるテミスやエリン、パエラたちが見る見るうちに遠ざかり、サエイレムの街全体が視界に入ってくる。


 移住者が増えたサエイレムでは、元々の城壁の外に市街地を広がりはじめていた。フィルが嬉しいのは、帝国への街道が通る西門側だけでなく、魔族領へと続く東門側でも街が広がっていることだ。

 移住してくる魔族たちの中には、友好を結んでいるケンタウロス族やアラクネ族、アルゴス族だけでなく、フィルの知らない種族の姿もちらほらと見られる。


「フィル、またお家が増えたね」

「そうだね。もっともっと、色んな人たちが集まる街にするよ。メリシャも手伝ってね」

「手伝う!」


「フィル様、帝都に向かいます」

「うん。さっさと用事を済ませて、早く帰って来よう!」


 ティフォンが翼を一振りすると、グンと速度が上がった。サエイレムの街並みが後ろへと流れ去り、視界一杯にテテュス海の大海原が広がる。

 

 眼下の海原には、サエイレムと帝都の間を行き来する商船が、白い航跡を引いていた。ティフォンは高い空の上からそれを追い抜いていく。…遠くに、ポツンと小さな岩の島が見えた。


「セイレーンの島だね。もうきれいになったのかな」

(まだ元通りとはいかないようですが、だいぶきれいになったようです。この前、グラオペ様が仰っていました)

 リネアの声が頭の中に響く。

「あの島はセイレーン族だけの領地として認めるつもりだけど…できたらセイレーンたちには、ずっとサエイレムにいてほしいな」

(そうですね…)

「モルエたちと別れるのは嫌だよ」

「だったら、サエイレムにいてもらえるように、頑張らないとね」


 そうして飛ぶこと約3時間ほど、前方遠くの水平線に、黒い陸地の影が見えてきた。たくさんの建物埋め尽くされた巨大な都市、目指す帝都だ。


「リネア、少しづつ高度を下げて。帝都の人間たちに、サエイレムの守護竜の姿を見せつけてやろう」

(フィル様、その…守護竜と呼ばれるのは少し恥ずかしいのですが…)

「えー、リネア、格好いいよ」

「うん、わたしもそう思うよ」

(仕方ありませんね…)

 苦笑交じりの声とともに、軽く翼を傾けたティフォンの巨体が、緩やかに帝都の上空へと降下を始めた。


 差し渡しの翼幅、全長ともに20mに達する赤褐色の巨体が、悠然と帝都の上空を横切っていく。ユーリアスから布告はされているはずだが、眼下の帝都では、人々が空を見上げ、ちょっとしたパニックが起こっているようだった。

 神話に語られる神殺しの巨竜、その印象はまさに圧倒的な恐怖そのものである。ティフォンに宿る意識がとても優しい少女だとは、帝都の市民が知る由もない。


 ティフォンは、低空飛行で巨大な闘技場の上を通過した。前方に目指す皇帝宮殿が見えた。宮殿と元老院議場の間にある広場には、すでに近衛軍団の兵士が配され、ティフォンが着陸する場所が空けられている。

(フィル様、あそこに降りればよろしいですか?)

「えぇ。しっかり見せつけてやって!」

 ティフォンは広場の上で翼をはためかせて減速すると、ゆっくりと広場の真ん中に降り立った。広場の周囲に集まっていた者たちからどよめきが起こる。

 サエイレムの絶対戦力を目の前にし、ボルキウスをはじめとする議員たちの胸中はどのようなものだっただろうか。


  かなりの面積をもつ広場だが、ティフォンの巨体がその真ん中に鎮座すると、やや手狭に感じられる。

 メリシャを抱いたフィルが飛び降りると、ティフォンの姿が掻き消え、その場には狐人姿のリネアが立っていた。


「フィル殿、久しぶりじゃな」

 出迎えに出て来たのは、ティベリオだった。

「ご無沙汰しております。お出迎え、ありがとうございます」


「リネア殿、メリシャも、元気だったかな?」

「うん、お爺ちゃんも元気だった?」

 よしよしとメリシャの頭を撫でるティベリオは、孫娘を可愛がる祖父そのものだ。


「リネア殿が、まさかサエイレムの守護竜とはな……陛下からお聞きした時には驚いた。…じゃが、フィル殿とずっと寄り添えるようになったのじゃな」

「はい…」

 恥ずかしそうに頬を染めるリネアに、ティベリオは微笑む。


「さ、こちらへ。陛下がお待ちじゃ」

 ティベリオに先導され、フィルたちは宮殿の中へと入る。

 いつの間にか、フィルたちの周囲は近衛軍団の兵たちが固めていた。指揮をとっているのは、スケビオとカークリスだ。さりげなく一礼するフィルに、ふたりも黙礼を返す。

 後で聞いたが、ふたりはティベリオとともにサエイレムの駐在武官として赴任する予定らしい。


「それにしてもフィル殿、老人を驚かせるのも大概にしてくれんかの。陛下からの手紙を読んだ時は、倒れるかと思ったぞ」

「実際、うちのテミスは倒れましたけどね」

「全く…テミス殿に同情するわい」

 ぺろりと舌を出すフィルに、ティベリオは額を手で押さえる。


「いずれこうなることは予想されていたのでは?…いつぞやの宴で、ティベリオ様に独立を焚きつけられたような気がしますが」

「さすがに、こんなに早いとは思わんかったわい。…だが、おかげで余生を過ごすのに良い場所ができたと感謝しておるよ」

 どちらかというと後半が彼の本音らしい。


「わたしとしてもティベリオ様に来て頂けるのは嬉しいです。でも、兄様は、ティベリオ様の大使就任にご不満の様子でしたけど?」

「わしも陛下から愚痴を聞かされたわい。お気持ちはわかるがな」

「…兄様のために、サエイレムにも離宮を用意しなければいけませんね」

「そうじゃのう」

 宮殿の廊下を歩きながら、フィルとティベリオは、楽しそうに話す。


 ほどなくして、ティベリオとフィルたちは宮殿の大広間へと足を踏み入れた。

次回予定「フィルの誓い」

サエイレム領の独立を告げる式典が開かれる。フィルが口にした誓いとは…

次回、第5章最終回!

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