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傾国狐のまつりごと-食われて始まる建国物語-  作者: つね
 第5章 サエイレム建国
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混迷のアルテルメ

混乱に乗じて悪事に走ろうとする魔族たちを捕まえて回るパエラ。

だが、パエラが恐れていた事態が…

「うわっ!」

 パエラの糸に巻き付かれた狼人の男が足をとられてその場に倒れ込む。


「大丈夫?」

 この男は、避難する人間の若夫婦相手に追剥ぎを働こうとしていた。

「は、はい…あの、あなたは…」

 突然現れ、魔族同士のはずの狼人の男を縛り上げたパエラに、夫の方が怪訝そうに尋ねる。


「あたしは、ユー…あ、いや、皇帝陛下の命令で、悪い魔族を捕まえて回っているの。だから、安心して」

「ありがとうございます」

 皇帝の命令と聞いて一応は納得したのか、夫婦は揃って頭を下げ、闘技場の方へと向かって行った。


 ふぅ、と息をつくパエラの足元で、縛られた狼人の男が恨めしそうにパエラを見上げる。

「おい、魔族がなんで人間の味方なんかしてるんだ!」

「別に人間の味方をしてるわけじゃないよ」

 パエラは短く答えて、胸から下げた笛をピィィィッと長く吹き鳴らした。そして、サッと近くの家の屋根の上へと跳ぶ。


 狼人の男は笛を聞いた近衛兵たちが回収してくれるはずだ。長くここに留まってはいられない。他にも悪事を働いている魔族がいたら、何かする前に捕まえなくてはならない。

 枝から枝へと跳び移るような身軽さで、パエラは街の上を走る。


 と、その視界の端に一筋の煙が入ってきた。パエラは身体を捻ってそちらの方向へと向かう。

 煙を上げていたのは立派な屋敷。規模や装飾からして、おそらくそれなりの地位にある貴族のものなのだろう。きれいに整えられた中庭を囲むように回廊が設けられた、パエラも見慣れてきた帝国建築だ。


「なっ…!」

 煙の元にたどり着いたパエラが見たのは、恐れていた光景だった。

 中庭を囲む回廊の一画で、数人の人間が折り重なって倒れていた。その身体から流れたおびただしい血が回廊の床を流れている。一見して、パエラは手遅れだと悟った。

 そして、その場には数人の魔族の男たちがいた。狼人が2人、狐人が3人、彼らの手には草刈り鎌や料理用の包丁が握られている。


 間に合わなかったのは悔やまれるが、遠からず煙を見つけた人間の兵もこちら来るだろう。この魔族たちは逃がすわけにはいかない…

 そこまで考えたところで思った。彼らを捕まえたら、魔族が人間を殺したことが発覚する。それならむしろ、彼らを逃がした方がいいのではないか。そうすれば、魔族の仕業だということを隠せるのではないか。


 パエラは無意識に頭に手をやり、くしゃりと自分の髪を掻き上げる。…フィルなら、どうするだろう…いや、とパエラは小さく首を振った。フィルは自分を信じて任せてくれた。だから、自分で決めないといけない。


 屋根の上から中庭に飛び降りたパエラの手には、粘着糸で編み上げた捕縛網が握られていた。パエラは、下手に隠すよりも魔族たちを捕縛し、きちんと裁きを受けさせるべきだと決めた。


 突然目の前に降ってきたパエラに、魔族の男たちは反応できなかった。

 パエラは、手にした網を男たちの頭上に投げた。バッと大きく広がった網は男たちを絡め取り、男たちがもがくほど身体にくっついてその動きを制限していく。当然、男たちの持つ鎌や包丁で切り払えるものではない。


 ふぅっと息をついたパエラだったが、魔族たちは、目の前の彼らだけではなかった。さらに3人の狐人の男たちが屋敷の奥の部屋から現れた。そのうち一人は若い人間の女性の手を強引に引っ張っていた。


 網に絡め取られた仲間とパエラの姿を見た男たちは、手にしたナイフをパエラに向けた。

「あんたも魔族だろう。どうして仲間をつかまえるんだ?!」

 一番前にいる男がパエラに声をかけた。


「仲間?どうして?魔族だからってだけで、仲間なった覚えはないよ」

 不機嫌そうな口調で、パエラは答える。


「一応、警告しとく。あたしの役目は、この混乱に乗じて悪事を働いた魔族を捕らえること。その人間を解放して、大人しく捕まるならそれでよし。だけど、抵抗するなら痛い思いをするよ」

 言いながらパエラは新しい糸を繰った。せめてあの人間の女性だけは無事に救出しなければならない。状況によっては、連中には手足の1本や2本、差し出してもらう。

 男たちは黙ってパエラを睨み、ナイフを構える。もちろん、人質になる人間の女性は離さない。


 フッと小さく息を吐いたパエラは、その脚力を存分に生かして跳躍した。リネアの同族を傷つけるのは忍びないが、止むを得ない。


 狙いはまず人質を捕まえている男だ。アラクネ族は他の種族とあまり交流がなかったため、魔族の中でもその能力を知る者は少ない。10mはあった間合いを一気に詰められ、動揺した男は、人質を羽交い絞めにしてナイフを突き付けようとする。

 だが遅い。本来なら、パエラと向かい合った時点で女性の首にナイフを突き付けておくべきだった。男たちはこの屋敷の奴隷だったのだろう。少なくとも戦うことを生業にしていた者ではなさそうだ。


 男の至近距離に着地すると同時に、パエラはクイッと軽く指を動かした。今度の糸は粘着糸ではない。鋼線にも匹敵する強度と鋭さを持つ糸の刃だ。

「…え?」

 男の口から間抜けな声が出る。ナイフを持つ手首に何か軽いものが触れる感触があった。しかし次の瞬間、男の視界は赤に染まる。


「キャァァァァ!」

 声を上げたのは男ではなく人質の女性の方だった。その目の前をナイフを持ったままの手首が血しぶきを引いて飛んでいったからだ。

 一瞬遅れて、獣じみた叫びを上げながら男がその場でのたうち回った。その反動で人質の女性は突き飛ばされ、回廊の床に倒れ込む。どうやら気を失ってしまったようだ。ほどなくして男の方も出血のショックで気を失い、静かになった。


「どうする?歯向かうなら容赦しないよ」

 サッと倒れる女性を守る位置に移動したパエラは、残る2人の男と向き合う。その指が軽く動くとキラリと光る糸がうねり、糸に付いていた血の雫が飛び散った。


「わ、わかった!もう抵抗はしない。だから、助けてくれ!」

 一瞬で手首を切り飛ばされた男の姿が余程堪えたらしく、顔を蒼白にした男たちは、慌てて手にしたナイフを投げ捨て、その場に跪く。


 その瞬間、ドカドカと慌ただしい足音がして5人の人間の兵士が中庭に駆け込んできた。鎧の意匠からして、近衛軍団の兵ではない。おそらくはアルアルメの警備兵か。

 屋敷から上がる煙を見て駆け付けたのだろう。

 兵士たちは、中庭に倒れた人間の死体を見ると、誰何することなく、剣を振り上げてパエラの前にいる狐人の男たちに斬りかかった。


「待って!」

 咄嗟にパエラは、糸を操る。糸は振り上げられた兵士の剣に絡みつき、その動きを止めた。

「そいつはもう武器を持ってないよ!」

 パエラと兵士の綱引きになり、ギッと糸が刀身を擦る嫌な音が響く。


「邪魔をするな!お前も仲間か?!」

 その声に反応した別の兵士が、パエラに剣を向けた。

「ち、違う!あたしは…」

 慌てて否定するパエラにも、兵士が斬りかかってくる。


 兵士たちを傷つけるわけにはいかない。パエラは力いっぱい糸を引いた。キィンと高い音が響き、糸が巻き付いていた剣が両断され、切り離された刀身が宙を飛んで中庭の土に突き刺さった。

 そして、引き戻した糸を両手の間に張り、それで自分に向かって振り下ろされた剣を受ける。見えにくい極細の糸だ。兵士たちには、何もない空間が剣を受止めたように見えた。


「こ、こいつ妙な能力を使うぞ!取り囲んで斬れ!」

 パエラはグッと奥歯を噛みしめた。ここはひとまず逃げた方がいいか…でもそれでは自分も犯人の仲間にされてしまう。パエラは、スッと身を引いて兵士たちと間合いを取る。


「どうしよ…」

 協力しているはずの警備隊に剣を向けられ、パエラは困った表情を浮べた。この程度の兵士を蹴散らすのは簡単だが、自分が人間を傷つけるわけにはいかない。


「話を聞いてよ!あたしはサエイレムのエルフォリア総督の配下。総督の命令で、混乱に乗じて悪事を働こうとする魔族たちを捕らえようとしたところなんだよ!疑うなら、近衛軍団の人たちや、エルフォリア軍のエリン様に確かめて!」

 パエラは両手を広げて武器を持っていないことをアピールする。しかし、その素手で剣を防がれた警備兵たちは、警戒を解こうとしない。


「サエイレムの総督閣下が街に来られているとは聞いている。だが、総督ともあろう方が、おまえのような魔族を配下にするはずがない」

 兵士の言葉に、パエラは落胆する。これが帝国の人間の普通なんだとわかってはいたけれど、面と向かって言われると悲しいし、腹も立つ。フィルさまはあたしを親友だと言ってくれたんだと言い返したい。


「何をしている!」

 突如響いた聞き慣れた声に、パエラはようやく安堵して息を吐いた。


 愛馬ゼラに騎乗したままのエリンが、パエラと警備兵たちの間に割って入った。

「私は、エルフォリア軍第二軍団長エリン・メリディアスだ。剣を下げよ!この者はサエイレム総督エルフォリア卿の側近だ。傷つければ、サエイレム総督の怒りを買うことになるぞ!」


 兵士たちが慌てて剣を降ろす。エリンは、警備兵たちに魔族たちの捕縛と人間の女性の救助を命じると、パエラを振り返った。

「パエラ、怪我はないか?」

「うん、大丈夫。エリンさま、ありがとう。この人たち、あたしの話を全然聞いてくれなくて…問答無用で斬りかかってくるし」

 パエラは、エリンに笑顔を向けながらも、やや口を尖らせる。

  

「反撃せずによく我慢してくれたな」

「あたしだって、それくらいはわかってるよ…それよりエリンさま、闘技場の方は大丈夫なの?逆に魔族が人間に怪我させられたりしてない?」


 魔族がこの混乱に乗じて人間に危害を加えようとしている、そんな根も葉もない噂でも、それを信じてしまう人間は必ずいる。

 完全には信じていない人間にも、魔族を疑う感情が芽生える。いきなりパエラを敵と見做した警備兵たちの態度は、そうした噂に影響されてのことだったのかもしれない。

 避難先の闘技場には、人間だけでなく奴隷としてこの街に暮らす魔族たちも一緒に集められている。噂を信じた一部の人間が、彼らに危害を加えないとも限らない。


「そちらは、皇帝陛下と近衛軍団の者たちが目を光らせてくれている。私の配下の騎兵たちにも手伝ってもらっているから、大丈夫だ」

「そっか、良かった」

 くたりと肩の力を抜いたパエラに、エリンは苦笑した。だが、次の瞬間にはその表情が引き締まる。


「そろそろ日が暮れる。街の見回りはここらで打ち切って、パエラも闘技場に戻れ。メリシャの予知のとおりなら、明日の早朝には噴火が始まる。今のうちに休んで、備えておこう」

「うん。わかった」

 パエラも真剣な表情で頷く。


 遠くで遠雷のような音が響いた。幽霊騒ぎの時に感じたような重苦しい、嫌な気配がパエラの感覚を刺激する。

 不安げに見上げた夕暮れの空は、やけに鮮やかな茜色に染まっていた。

次回予定「噴火の始まり」

遂に噴火を始めたヴィスヴェアス山。

フィルからもらった力の制御に苦心するリネアの上にも火山弾が降り注ぐ!

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