ふたりの共同作業
今のティフォンでは、ヴィスヴェアス山に歯が立たない。
必要なのは、フィルとリネアふたりの共同作業?
ヴィスヴェオス山を望む外輪山の山頂、そのやや広くなった場所に、巨竜ティフォンの姿となったリネアがいた。その隣には、同じく大妖狐の姿のフィルがいて、その背にはメリシャが乗っている。
「リネア、やって」
「はいっ!」
四肢をしっかり踏ん張り、太い尻尾も使って身体を支える。そしてヴィスヴェオス山に頭を向け、その口を大きく開く。
瞬間、眩しい光がティフォンの口の中に生まれ、カッと周囲を白く染め上げながら一直線に光がほとばしった。
空気を震わせながら伸びた光の槍は、ヴィスヴェオス山の中腹あたりに命中し、その山肌を大きくえぐった。盛大に土煙が沸き上がり、数瞬遅れて大きな爆発音が響き渡った。
「リネア、すごーい!」
フィルの背の上で、パチパチと手を叩きながらメリシャが声を上げる。
「さすがは竜の力ね。攻撃の威力は九尾よりずっと高い」
「…だが、やはり足りんな」
感心したように言うフィルに対し、玉藻は顔をしかめて不満そうな声を上げた。
「神殺しの竜の力は、こんなものではないはずじゃが…まだ無理か…」
「申し訳ありません。できるだけの力を込めたのですが…」
巨大な頭を俯きがちにして、しょんぼりと言うリネア。
「ちょっと、玉藻!」
フィルは玉藻に抗議の声を上げる。
「すまん。だが、時間がない。リネアに無理を言っているはわかっているが、他に方法がないのじゃ」
ティフォンの横の空中に浮かびながら、玉藻は山を睨む。
「フィル、玉藻も必死なのよ。わかってあげて」
フィルの前で複雑な表情を浮べながら、妲己が手を合わせた。
フィルの抗議もわかるが、玉藻が焦る気持ちもわかる。こちらの事情に関係なく、噴火まではあと1日しかないのだ。
「やはり、フィルとリネア、ふたりの力がいる…フィルよ、頼む」
玉藻は、スッとフィルの目の前に降り、小さく頭を下げた。そういえば、玉藻が他人に頭を下げたことなど、これまで一度もなかったのではないだろうか。
「わかった。やってみる」
金色の大妖狐は、巨竜を見上げて頷き、その四つ足を大地に縫い留めるように踏ん張る。意識を足元に、地面、そしてその奥深くへと。火山が抱く地下深くに流れる地脈の源泉へと、フィルは意識を沈めていった。
噴火からアルテルメを守るため、玉藻が考えた方法とは…曰く「火山の力を以て火山の制す」。
神獣として、この世に並びもつかぬ強大な力をもつフィルとリネア。
しかし、まだ代を引き継いだばかりで自らの力を十分に使いこなせていないのもまた事実。ふたりとも、神獣の意識となってまだ一年にも満たないのだ。神獣の時間の尺度からすれば、一瞬よりさらに短い。
特にリネアは…先代がティフォンの意識として未熟だったせいもあって、ティフォンという力の器に対して、力を満たす能力が低い。
地母神ガイアから生まれたティフォンの力の源は、大地を走る地脈。大地が持つ大いなる力を吸い上げ、体内に蓄えることで、巨竜にふさわしい強大な力を振るった。だが、リネアにはまだそれが十分にできない。
つまり、大きな水甕を満たすために、小さな杯で一杯一杯水を入れていかなくてはならないような状態、と言えばイメージできるだろうか。
そのため、今のティフォンが体内に宿している力も、ティフォン本来の状態からすればかなり枯渇した状況にある。先程のブレスの試し撃ちも、それを確かめるためのものだ。
ある意味、予想していた結果ではあったが、やはり今のリネアが放てるブレスでは威力不足であることが確認された。
東方の思想『五行』において狐は土の気を持つとされ、狐の神獣である九尾も、その力の源泉は地脈である。だが、九尾にはティフォンほどの力の器はなく一撃の威力は小さい。今のフィルが、狐火を最大の力で放ったとて、先ほどのブレスと同等か劣る程度だろう。
しかし、それは九尾の本領ではない。九尾は地脈から力を吸い上げ、制御する能力に長けている。
美女に身をやつし国を傾ける、傾国狐と呼ばれる九尾だが、本来は豊穣を司る瑞獣と崇められた存在であった。大地の力を操る術により、人の世に豊作と繁栄をもたらしたからだ。
そこで玉藻は考えた。九尾が地脈から吸い上げ、それを力をティフォンに受け渡すことで、ティフォンの力を最大限に発揮させることができるのではないか、と。
フィルは今、この山の下にある地脈の在りかを探っている。その地脈の流れを九尾に向け、九尾を経由してティフォンに注ぎ込む。それだけの許容量がティフォンにはある。
リネアは、フィルから受け取った地脈の力をティフォンの体内に蓄積し、火力を最大まで引き上げたブレスで、ヴィスヴェアスの山塊を粉砕する。
それによって山そのものを崩壊させ、噴火を抑え込もうというのが、玉藻の作戦であった。
幸いにも地脈の力は、今、この足元に爆発寸前になるほど大量に溜まっている。いくら吸い上げたところで枯渇することはない。
フィルは、足元の地下深くに熱い力の奔流を感じた。ズクン、ズクンと、時折大きくなったり小さくなったりしながら、脈動するような力の流れが、ヴィスヴェオス山の方へと向かっている。
なるほど、とフィルは思った。この地脈の流れが山の地下で滞留し、やがて耐え切れなくなって爆発を起こすのか。
「よし、掴んだ」
呟いたフィルは、ヴィスヴェアス山へと向かう地脈の流れをグイッと自分の方に引き寄せた。だが、流れの勢いは強烈で、九尾の力を以てしてもなかなか流れは変わらない。むしろ油断すれば引きずり込まれそうになる。
クッと小さく呻いて、フィルは顔を歪めた。
その様子を心配そうに眺めるリネアだったが、今は何もできないのがもどかしい。
フィルは力の制御に一層、意識を集中する。濁流のような流れを掴み、じりじりと流れの向きを変えるイメージだ。流れの向きを変えるまでは大変だが、一旦流れをこちらに向ければ、あとは楽になるはずだ。
「フィル様、頑張ってください」
リネアが、絞り出すように言った。玉藻と妲己も、辛そうな表情でフィルを見つめている。
「うん…なんとかしなきゃね…」
そう言ったフィルは、首元に軽くやわらかな温もりを感じた。
「メリシャ?」
背中に乗っていたメリシャが、身体を倒して九尾の首に抱き着いていた。
「フィル、頑張って」
瞬間、フィルの脳裏に不思議な感覚が流れ込んだ。ぼんやりとしか感じられなかった地脈の流れが鮮明になり、そればかりか、今、自分で掴んでいる地脈の流れが、脈動に合わせて跳ねるタイミングが『見え』た。
それとタイミングを合わせて地脈を引き寄せると、流れの一部が引き剥がれされて、フィルの方へと向いた。
「できた…これは、メリシャの『見る』力なの?」
「うん。ほんの少しだけど、未来が見えるはずだよ」
メリシャのように、様々な未来の結末が見えるわけではない。自分で見ているもの、感じているものに限って、少しだけ先が覗けるというだけ。メリシャの力のほんの一部を分けてもらっているのだろう。
けれど、手探りでやっているに近かった地脈の扱いは格段に楽になった。どこにどれだけ力を加えればいいかわかるのだ。
「ありがとう、メリシャ。これならいけそう」
フィルは、再び足元深くの地脈に力を込めた。地脈をしっかりと掴み、奔流を押さえつけ、自分の方へと手繰り寄せる。例えるなら、全力で暴れ逃げようとする獣を抱きすくめる感じ?とでも言えばいいのだろうか。規模は桁違いに大きいが。
奮闘すること数時間。夕暮れ近くになって、フィルはようやく地脈の流れを自分に向けることに成功した。
さすがに地脈の流れを一気に変えるのは無理で、最初と同様に少しづつ引き剥がすようにして流れの向きを変えたため、思ったよりも時間がかかってしまった。もしメリシャの能力を使えなかったら、噴火までに間に合ったかどうかわからない。
だがそれだけに、流れ込んでくる地脈の力はさすがに膨大。九尾の体内に蓄えられる量など簡単に超えてしまいそうだ。フィルは隣にいるリネアを見上げた。
「リネア、いい?」
「はい。お願いします」
九尾の身体をティフォンに寄り添わせ、今にも溢れようとする地脈の力を、ティフォンへと流し込み始めた。
「あぁ…」
フィルと触れている部分から温かいものが流れ込み、じんわりと自分の中に広がって溜まっていく。
それは、フィルとの喧嘩の後、初めて肌を重ねた時のようで……こんな時にと後ろめたさを感じつつ、リネアは思わず艶めいた声を漏らす。
「は…ぁ…」
フィルもまた、リネアへと地脈の力を注ぎ込みながら、なんとも言えぬ充足感と気持ちよさを感じていた。自らの力を他者の中へと流し込む、またそれを受け入れる、その感覚はある種の性的快感に近い。
「…フィル様…すごいです…」
「リネア、わたしも…」
九尾とティフォンの見た目に変わりはないが、言葉は熱を帯び、言葉の狭間には切なげな吐息が混じっていた。
「まぁ、こうなるわよね」
妲己が軽く肩をすくめた。生前は既婚者だった妲己である。当然、夜の営みを知らないはずはなく、フィルとリネアが感じている感覚も良くわかる。
……しかも、あのアルゴス王宮での夜も、妲己と玉藻はフィルの中にいて、感覚を共有していたのだから。
「なんじゃ、王のことが恋しくなったか?」
「そうね。後の歴史では暴君として散々に書かれてるけど、根はいい人だったからね。一応、妾のことも大事にしてくれたし。…玉藻こそ、どうなのよ」
「麿は主上に裏切られ、化け物として討伐されたのじゃぞ。…今となってはもう憎んではおらんが、恋しく思うこともない」
にやにやしている妲己と、むすりと押し黙る玉藻。
その時、ヴィスヴェオス山の山頂から煙が上がり、数瞬遅れて遠雷のような重々しい音と空気の振動が伝わってきた。
軽く舌打ちして玉藻が山を見上げる。
山は、日没後の藍色に染まり始めた空に白い煙を一筋上げただけで、ゴロゴロと響いていた音もすぐに収まった。だが、重苦しい空気の振動は断続的に続いている。
まだ本格的な噴火には至っていない。だが、もはや猶予はないという知らせには違いなかった。
次回予定「混迷のアルテルメ」
避難の混乱の中、犯罪に走る魔族たちを捕らえるため、パエラが走る。




